第參話。昼休み
參。昼休み
時は川の様に早々と流れ、始業式兼入学式が終了しその後にあったクラスでの自己紹介も終わった。
そして現在は昼休みだ。
当然、恐ろしき鬼塚さんのお願いを無視するわけにもいかず、今俺はC-308教室で彼女の登場を待っていた。そんななんとも落ち着かない空気感の中、俺は幾つかの可能性を考えていた。
まず一つの可能性として、彼女は同性愛者であり、長澤先輩の事が好きで俺に嫉妬しているのかも...なんて言う百合も嫌いではないアニオタの心をくすぐる妄想を勝手にしており、少し気持ちが躍っていた。
しかし、そんな期待は捨てなければいけない。
なぜなら彼女は恐ろしい。メンヘラ的な面も見受けられるため、刃物を持ち出す危険性も捨てきれないのだ。
そう考えると無償に体がガクガクと震え出したのだが、そんな事も気にせず飽きず妄想を膨らませる。
もう一つの可能性は、単純に俺の事が好きだという事だ。
普通好きでもない相手を人気の無いこのC棟の教室に呼び出したりはしないだろう。真希波先輩との関係性はやはり気になるが、例えどんな理由だったとしても俺は彼女の様な学校のアイドル的な女性が自分の事を好ましく思ってくれていて、オマケに恋人に出来たりするのなら、例え指を一本差し出せと言われても断ることはないだろう。まあそんなヤクザみたいな事は言わないとは思うが...
そんな俺の妄想と理想の入り混じった勝手な推理の中、まるで校舎全域に響き渡る様な轟音が鳴り響いた。
ドッッバァアアンッッ!?!?!!!
突然教室の扉が吹き飛ぶような勢いで開かれ、ズカズカと黒髪の少女が入室する。なんとも禍々しいオーラである。
当然、俺は心臓が飛び出さんばかりに驚き跳ね上がり、ヒッ!と軽く悲鳴を上げつつ、轟音のあまり両耳を手で覆っていた。
「来てくれたのね。嬉しいわ。で、早速なのだけれど長澤真希波とはどんな関係?まさか恋仲ではないわよね?」
彼女、鬼塚百合恵は何処か不安げなかつ僅かに羞恥を混ぜ込んだような表情と共に質問をひょいと投げかけてきた。
それに俺は彼女の威圧に耐えきれず逃げ出したい気持ちを抑えながら恐る恐る言葉を選びつつ応答する。
「ち...違います!俺と先輩は話し相手と言うか、相談を聞いてあげてるだけです。まあ...何と言うか複雑と言うか...。」
「フーン。本当に?」
「ああ。本当だ。...です。...」
ぎこちなく後から気が付いた様に語尾を無理やり丁寧語に変換しつつ、おどおどときまり悪く返事をする。
すると、鬼塚百合恵はさも驚いたようにけれど安心した様にゆっくりと溜息を漏らし、再び口を開く。
「そ...そう。それなら良いんだけどね。ありがとう。もう戻って良いわよ。」
そう彼女は何故だか少々赤面しながら言うと、シッシッと細い手のひらを上に振る仕草をして俺を部屋から追い払った。
俺は急な掌返し、というよりかは予想以上の期待外れ感に落胆と面倒くささを感じ、なんだよ。と愚痴をこぼしながら部屋から出ようとした。が、その歩行は制服の袖に引っ掛かった何かによって遮られてしまった。
「ちょっと....まっ....」
そう言いかけ、鬼塚百合恵は先刻の万力の如き握力がまるで嘘だったかのように優しく、丁寧に俺の袖に手を伸ばしていた。そんな彼女の仕草を見て俺は思わず頬が緩まってしまったのを感じ、照れ隠しの為に少し乱暴な口調で彼女に疑問を露わにする。
「なんだよ」
先ほどの愚痴と同じセリフをさぞ面倒臭そうに振る舞いながら繰り返し、彼女の顔へと目を移した。
その瞬間、俺は彼女の表情に驚きを隠せそうになかった。
なんだよその顔。
今までに見た人間の中で最も二次元美少女に近い顔じゃねえか。
そうオタクの鏡とでも言えよう台詞を脳内で投げ捨てながら、俺は思わず彼女の表情に対しての率直な感想を述べてしまった。
「カワッイ....」
もはや抑える事は出来なかった。脳内で思っていることをそのまま反射的に口に出してしまったのだ。と、慌てて口をグイグイ抑えながら俺は紅潮した顔を隠すため即座に彼女の顔から目を逸らした。
すると彼女は、死にかけの魚のようにパクパクと口を動かして声にならない声を出している。
「ど...どうした?」
と話しかけると彼女はゆっくりと口を動かし、ようやく声を出して喋り始めた。
「私が………貴方の家の……………隣に、越してきた理由………知ってる?」
と今にも息が途切れそうな調子で質問してきた。
さっきの彼女の表情によってあらゆる疑いを全て吹き飛ばし、彼女を思い続ける事を決意した俺は、息が切れそうな彼女が心配になり、深呼吸したら?と優しく返した。しかし彼女は、
「良いから。答えて。」
そう強い口調で続けた。なぜこんな質問をするのか?まさか前から俺のことが好きだったとか?と、希望的な発想と共に嫌な事を考えつつ思考を巡らし、彼女について知っていることを全て思い返す。いや、思い出そうとした。しかし彼女の事は入学式のあの時以来からずっと眺めていた事くらいしか思い出す事ができなかった。それ以前のことがあったのだとしても全く、想像することすら出来なかった。
「いや。知らないけど。」
暫く顎を指で抑えながらう〜んう〜んと思考していた俺はありのままに彼女の質問に答えると、目の前の少女は更に質問を重ねる。
「じゃあ、私のことは知ってる?」
寂しそうな顔をして少しながら沈んだ後、俺に僅かながら期待するかのような眼差しを向けてくる。その質問に対し、
「まあ....。」
と俺は曖昧に答えた。“まあ。”では正当な答えになっている気がしなかったが、いつからとか、どんな経緯でとか、何故とかを事細かに説明するのはやはり照れくさいし、その必要はないと思ったからだ。
「私も前々から貴方の事は知っていたわ……ずっと前から....」
予想外の言葉に一瞬言葉を失ったが、え?と俺はちょっと困惑気味に言葉を返した。たしかに俺は彼女とは今日で初対面のはずだった。その事により俺は一層不安感を高め、嫌な予感が的中しつつある現実と向き合う覚悟を決めた。
すると俺の心境を悟ったのか、彼女は渋々とあまり話したくなさそうに、しかし赤面しながらも確かめる様に話を続けた。
「私がね、貴方の家の隣に越してきた理由は、そのままよ。貴方がいたから。クラスも一緒にするのは苦労したのよ?校長とか教育委員会とか。」
ちょっとずついつもの口調に戻しつつ、けれどいつもよりかは崩れた風に彼女は続けた。
「和真君はとても運動が出来て、かっこよくて、それでいて私の好きなアニメを事細かく熟知しているわ。まさに理想的な男性よね……。」
そう彼女は言うと再び頬を赤らめた。要するに俺のことが好きってことだろうか?理解が追いつかない頭をどうにか整理しつつ話に耳を傾ける。
「あのね、和真君。要するに、私は、貴方と....」
これはきたと思った。この流れはもう告られるしかないと確信した。ついでに俺も告ってしまおう。
そして彼女と相思相愛というハッピーエンドで終わろう。そう心に決めて、俺は今そこに立つ美しき我が愛人の言葉に耳を傾ける。
「貴方と....………お友達になりたいの!」
「は?」
思わず即座に声を出してしまった。検討外れもいいところだ。俺はなんとか自分の思考を正当化するため、軌道修正に入った。
「いやいやいや……そこはもう告るとこでしょ!え?何?セフレって事?」
あまりに無責任で自分勝手な言葉を何も考えずに発する。
途端に彼女は怒りと羞恥の顔をあらわにし、耳まで真っ赤にしながら手を振りかざした。
次の瞬間、俺は2、3mほど後方に吹き飛ばされていた。その時点で俺は自業自得ではあるものの己の死期を感じた。
「は、はぁ…?なにそれ!あ……あり得ない!この私がせっかくお友達になってほしいってお願いしているのに、何ですって……?セ....セフ¥#%$?そんな下品でスケベなお友達なんて私は許さないわ!!」
そう言いながら彼女はフンッと鼻を鳴らし、部屋からズカズカ出ていってしまった。
当然の結果である。殴られるだけで済んだのもおかしいくらいだ。
「フフ....ハハハ....フハハハ!やっちまったなぁ早速コケたぜ。やっぱり童貞オタク君にはハードル高すぎっすよ。これ。」
元々崩壊寸前の頭を強打し、不気味な声をあげながら弱音を吐き、その場に崩れ落ちた。
しばらくその場で硬直して何も考えずに座り込んだ後、俺は鼻から微かに垂れてきた血を拭いながらよろよろと体を起こした。
「ハハ....あの顔、めっちゃ可愛かったなぁ〜」
さも正々堂々、告白してフラれたかのような台詞を言うと俺の頬には微かに滴が滴っていた。
行間壹。鬼塚 百合恵
鬼塚百合恵16歳。女。
2046年10月9日生まれ。身長164cm、体重48kg。両利き、男性経験がないわけでも無いが、まだ処女。2歳年下の妹がいる。
日本の大手IT企業、株式会社ONiDUKAの社長の家庭に長女として育つ。実家は京都にあり、何も言わなければ立派な神社や寺だとでもおもってしまうような、現代では珍しい日本の古風な屋敷だ。庭は定期的に職人が手入れをしに来るような本格的な庭園で、池や石庭までもが多く存在し、軽く散歩するだけでも1日が終わってしまいそうだ。そして現在は元々あった両親の別宅を売り払ってもらい、そのお金で和真の家の隣に立っている一軒家を買い取り、一人暮らしをしている。
そんな彼女は7歳の時に3Dホログラムゲーム機(簡単に言ってしまえば拡張現実、つまりARの事だ。)を単独発明。ゲーム界に大きな影響と衝撃を与え、ノーバル賞をもう少しのところで逃したが、市民・県民栄誉賞を両受賞。この時点で天才的基質を持ち合わせていた。
その後も順調に様々な功績を挙げ、13歳で株式会社ONiDUKAの企画新案提供部門の責任者になる。要するに一部門の部長だ。しかし、14歳の時に起きたある事件を境に、彼女は周囲を避け、孤立するようになった。
だが、それを乗り越え高校進学。大した偏差値でも進学率でもない学校だが、平凡と最愛の人を求めて彼女はあえて埼玉県立光陽学園高校に入学する。
そして高校入学を機に、今までの閉ざしてきた心を解放し、クラス生徒全員に毎日お菓子を配るという豪勢な行動に出たのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー