ねずみと喫茶店
その子はぼくのことが見えていないようだった。
せまい路地裏を抜けて、パン屋の店裏を通り大通りへ出る。早朝だからか車も人も少ない。空気もどこか澄んでいる。実にいい。
ぼくが今気をつけるべきは、ねこだとかからすだとか、そういったやつらだけだ。あいつらはだめだ。この間は、ぼくの知り合いの子を食べもしないでいたぶり続けていた。必死に逃げるあの子を見て、楽しそうに笑っていた。そんな目に遭うくらいなら、まだ人間の作った毒団子を食べてのたうち死ぬか、ねずみ捕りに引っかかって死ぬ方がましだろう。
いそいそと大通りを渡りきり、喫茶店の前の花壇へと身をひそめる。喫茶店ピーナツ。ここはぼくたちの間ではそこそこ有名だ。なぜなら、このくらいの時間に、廃棄の食材を路地裏のゴミ置場に捨てに出てくるからだ。ここの廃棄はなかなか新鮮だ。人間は勿体無いことをするなぁ、ありがたいけどね。
からんからん、とベルの音がした。箒とちりとりを持った子が、店前の掃除を始めた。そろそろだ。
がちゃん、と裏戸の開く音がした。ついで、がさがさ、と重そうな袋の音もなる。もう少し待とう。
店先の掃除を終えたのか、店員は店に戻っていく。
さあ、いまだ。
路地の影へと向かう。ゴミ捨て場はすぐそこだ。まだ同志は来ていない。一番乗りだ。
袋を伸びた前歯で呆気なく切り裂けば、ご馳走が現れた。ハムがある。なんてついてるんだ!
一心に食べていると、がちゃ、と嫌な音がした。思わず固まる。
先ほど表を掃除していた子だった。ちりとりをもち、ゴミ袋に近づいてくる。
その子と、目があった気がした。
息が止まる。
ゴミ袋をガサゴソと開き、ちりとりのゴミを捨て、また縛り直す。そのまま、その子は裏口から帰っていった。
あの子は、ぼくをいないものとしたようだった。
見たくないものは見えない、見えないったら見えないとも。