コント脚本『新人女優、紗良、頑張る!』
紗良:新人女優、14歳。
麗子:売れっ子女優、20歳。
監督:映画監督。50歳
○撮影現場(昼)
元気よく入ってくる紗良。
紗良「あたしは紗良! 今日は、女優として初めての撮影。新人女優は、そりゃあ色んな苦労はあると思うけど、有名女優になるために頑張るぞ~!」
スタッフ「麗子さん、入られまーす!」
紗良「あ、相手役の麗子さんだ。麗子さんは売れっ子女優らしいから、頑張って、足を引っぱらないようにしなくちゃ!」
麗子がゆっくり入ってくる。
セーラー服に可愛い帽子。
だが、鼻毛が10センチも出てる。
紗良「あ、あたしのデビューの大事な日、相手役の女優が……めっちゃ鼻毛でてる!」
監督はカチンコを持って立ち上がる。
監督「はい、じゃあシーン21、いこう!」
紗良「なんで?! 監督もスタッフも……どうして誰も注意しないの?!」
監督は、紗良と麗子の所にかけてくる。
監督「麗子さん、おはようございま~す!」
紗良には背を向けたままで無視する。
監督は紗良を向くと、めんどくさそうな表情。
監督「じゃあ、紗良はここで『あたし、先輩の事が好きなんです!』で」
紗良「は、はい……」
監督は麗子を向くと、満面の笑みになる。
監督「で、麗子さんは『許して、あたしには好きな人がいるの……』で、お願いしま~す!」
麗子は黙ってうなずく。
紗良「対応のすごい差。まあ、麗子さんは売れっ子だからしかたないか……」
監督「じゃあ、シーン21……スタート!」
カチンコが鳴る。辺りは静まりかえる。
紗良は真剣な表情になる。
紗良「あたし……先輩の事が好きなんです!」
麗子「許してハナゲ、あたしには好きな人がいるハナゲ」
紗良はギョッとする。
監督「カットおおお!」
監督はカチンコを鳴らして、立ち上がる。
紗良「ホラ! やっぱりこの人、おかしいんだ! よかった。なんかホッとした~」(小声)
監督「紗良! 立ち位置が3センチちがう!」
紗良「あ、あたし?!」
紗良はちょっと移動する。監督はうなずく。
紗良「すいません……」
スタッフはざわつく。ちゃんとやれよ、紗良、という雰囲気。
紗良「なんで、立ち位置3センチは気になるのに、鼻毛10センチは気にならないの?! どうなってるの、この撮影現場は……」
監督「じゃあ気をとりなおして……シーン21、スタート!」
カチンコが鳴る。辺りは静まりかえる。
紗良は真剣な表情になる。
紗良「あたし……」
麗子の鼻毛が、麗子の息でヒラヒラしている。
紗良は必死で笑いをこらえる。
紗良「せんぱ……いの、プッ……事を……クククッ……」
監督「カットおおお! 紗良、まじめにやれ!」
またスタッフがざわつく。
紗良は監督にかけよる。
紗良「だ、だって、鼻毛が!」
監督「鼻毛?」
監督は紗良の顔を見つめて、悩んだように少し黙りこむ。
監督「確かに少し出てるな、切ってこい!」
紗良「あ、あたしじゃなくて!」
スタッフに鼻毛を切られる紗良。
紗良「なんでみんな見えないの? なんで?! ひょっとして、あたしがおかしいのかな……」
監督「じゃあ、テイク2! シーン21、スタート!」
カチンコがなる。辺りは静まりかえる。
紗良は真剣な表情になる。
紗良「あたし……」
麗子は、紗良を喰いぎみに見つめながら、わざと、息をフウフウさせて鼻毛をヒラヒラさせる。
紗良は笑いを必死にこらえる。
紗良「せんぱ……プッ……」
麗子の鼻毛ヒラヒラが、激しくなっていく。
紗良「せんぱ……ウックク……せん、ブハアアアッ!」
監督「カットおおお! 紗良、まじめにやれ!」
紗良「監督! わざとです! アイツ、わざと鼻毛ヒラヒラさせてます!」
監督「売れっ子女優に、アイツってなんだ!」
紗良「だ、だって!」
またスタッフがざわつく。
麗子はすました表情で、知らん顔している。
紗良「コイツ……いったい、なにが目的なんだ? 全く意味がわからない……」(小声)
麗子が手をあげる。
麗子「あの~非常にもうしわけないハナゲ……鼻毛が邪魔でセリフ言いにくいので、鼻毛を取ってもいいハナゲか?」
紗良「つけてたの?! わざわざつけてたの?! なんで?!」
監督「はい、麗子さんのお好きに。どうぞどうぞ~」
紗良「売れっ子にはヘラヘラしやがって、このクソ監督が……」
麗子は鼻毛を取る。
麗子「ああ、なんかスッキリしましたわ。これでいい演技ができそうですわ」
紗良「キャラまで変わっちゃったよ。もう、これぐらいじゃ、驚かないけどね……」
麗子は帽子も取る。
髪型がチョンマゲになっている。
麗子「では、撮影を再開するでゴザル」
紗良「おいおいおい! 新しい問題でてきちゃったよ! セーラー服にチョンマゲ? 変わっちゃう、映画の世界観、変わっちゃう!」
監督「じゃあ、麗子さんが、紗良の服装の乱れを注意するシーン!」
紗良「ちょっと待って! こんな奴に言われたくない! セーラー服のチョンマゲに言われたくないよ!」
監督「じゃあ、シーン22……」
紗良「ああ~~もう我慢できない!」
紗良は監督の前にかけより、麗子を指さす。
紗良「監督! 麗子さん、おかしいですよね! どう見ても、セーラー服にチョンマゲですよね! それにさっき、鼻毛も10センチも出てましたよね! なんですか? なんで、みんな見えないんですか?!」
紗良はハアハアと息が荒い。
だが、辺りは静まりかえっている。
監督「おかしい? いったい、何がだ?……」
紗良「だから!……」
監督はニヤリと笑うと、ゆっくりと帽子を取る。
すると、そこにはチョンマゲ頭が光っていた。
紗良「ひいっ!」
紗良が後ずさると、スタッフにぶつかる。
紗良は後ろを振り向くとギョッとする、スタッフ全員もチョンマゲだった。
紗良「きゃあ!」
みんなは紗良をグルリと囲んで、ゾンビのように、ジリジリと近づいてくる。
監督「売れっ子は絶対なんだ。麗子さまは神なんだよ! だから、麗子さまがチョンマゲを気に入れば、それが国民の髪型になるんだ!」
紗良は目をみひらき、ゴクリと息をのむ。
監督「だから、チョンマゲが変だって言う、お前の方がおかしいんだ! まだわからないのか?!」
紗良はうつむくと、頭を左右にふる。
A「狂ってる……みんな狂ってる!」
スタッフ「あのう監督……」
監督「うるさいな、今、いそがしいんだ!」
スタッフ「すみません、麗子さんから電話です。飛行機がおくれたようで、今から来るそうです……」
監督「へ?」
麗子はすばやく逃げていく。
監督は、帽子を地面に叩きつける。
監督「鼻毛だあ? チョンマゲだあ?! コメディ映画じゃねえんだぞ! これは、余命わずかな美少女の、切ないラブストーリー映画じゃあ!」
紗良「そうだったんだ。よく、鼻毛とチョンマゲを許したな……」
スタッフ「監督! 本物の麗子さん、入りま~す!」
監督「おおっ、待ってました! 麗子さん、今日はよろしくお願いしま~す!」
監督は満面の笑み。
本物の麗子が来る。わき毛が10センチも出てる。
麗子「遅くなってごめんワキゲ!」
監督「おい、長めのわき毛、持ってこーい!」
紗良「そもそも、本物がこんなんかい!」
紗良は頭を抱えて、天井をみあげる。
紗良「ああ、なにこれ! あたしが思ってた新人女優の苦労と……なんかちがあああ~~う!」