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風のない夜  作者: クラン
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『君への手紙』 ~二ヶ月前のこと~

 交際二年目の冬。今から二か月ほど前のことだ。

 忘れているわけはないだろう。


 アパートに泊まりにきた君に、私は今までしたためておいた疑問をぶつける決心がついた。なぜ私に声をかけたのか。それを知って最後、実験的な交際はやめようと思ったのだ。これ以上、君の反応を観察して過ごすのも気苦労にしかならないだろうし、なにより、純粋な恋愛というものに興味があったのだ。


 愛の探求は永遠のテーマだろう。それを探るためのスタートラインに立つ心持(こころも)ちだったのだ。そうして初めて、私は(あわ)れみという呪縛的(じゅばくてき)なものから解放されるだろう。


 そしてきっと、母の死も純粋な悲しみに変わってくれるに違いないのだ。




 君が私の疑問に対してどう答えたかは(すで)に記述した。


 君によって受けた私の衝撃が分かるか。

 君は一度だって嘘を言ったことはない。冗談めかした言葉を口にすることはあったが、それもすべて真実であった。

 照れ臭かったから、なんて言い訳はするまいな。私はその瞬間も、君の言葉を信じるほかなかったのだ。それほどまでに毒されていたということだな。


 今まで輝いてみえていた(あわ)れみのない優しさは腐って落ちていった。哀れみの優しさは君によって失効したままだ。充実を与えてくれていたものは一挙に消えてしまった。これからどうやって生きていけばいい。哀れみに支えられた過去は失効し、哀れみではないと思っていた優しさは単なる仮面で、結局君は高校の女どもとなにひとつ変わらなかったじゃないか。


 もう私は哀れみに寄りかかることはできないし、哀れみのない優しさの存在を信じることもできない。




 律儀(りちぎ)な君のことだから、ここまで読んでくれたことだろう。私の苦痛がわずかでも伝われば、と思うがそんなことはありえないだろう。母の死に(いだ)いた感情は私にしか(とら)えられないもので、それと同様にこの苦しみも私固有のものなのだ。

 君もせいぜい、この手紙によって君固有の感情を(いだ)いてくれ。


 最期(さいご)になるが、一週間後の夜に街外れの廃ビルに上ろうと思う。廃ビルなんてここではひとつしかないから、君もすぐに分かるだろう。


 こんな手紙を書いておいて勝手だが、君に会いたいと思っている。その日の夜まではアパートに帰るつもりはないので、訪ねても無意味だ。

 とにかく、その夜に会いたい。来るかどうかは君次第だが……。


 とにかく、日付が変わるまでに来てくれ。

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