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拝啓、愛する紫兎さま。

作者: 遊沢利玖

 紅い葉がひらひらと風で宙を舞う。この季節、ここらへんの風景は紅葉に彩られる。そんな風景を気にする余裕がないほど焦る俺...柴田(しばた)(れい)はある場所に向かって全力疾走中だ。


「やばいやばいやばい!!」


 彼女との約束の時間まであと5分。約束の場所まで、最低でも15分かかる。待たされることが嫌いな彼女は、遅れてくる俺になんと言葉をかけるだろう。まぁ「遅刻すんなバカ」と殴られるのがオチだな。

 息をするたびに心臓が締め付けられるような痛みが走る。くそ、まだ長距離は前のように走れないか。まぁ荒療治ってことで頑張りますか!


 目的地の公園が見えてくる。そこには、黒髪セミロングの少女がブランコを漕いでいる姿があった。腕時計を見ると、約束の時間より5分過ぎていた。やっぱり、全力で走っても間に合わなかったか....。くそ、何で今日に限って帰りのHRが長いんだよ。


「悪い、遅れた!!」


 そう言いながら、ブランコの前で膝に手をついて息を整える。

 しかし、彼女からの返答はなく、俺は心臓がバクバクとしているのを感じながら、下に向けていた顔を上げる。そこには、ブランコから降りて心配そうにこちらを見つめる彼女....紫堂(しどう)恵兎(けいと)がいた。


「な....。」


 予想外の表情に思わず声が出る。


「馬鹿っ!!」

「いだっ!!」


 恵兎は勢いよく俺の頭を叩く。あまりの痛さに頭を抱え、その場にしゃがむ。横目で彼女を見ると、涙を目に溜めていた。突然のことに頭を抱えていた手を下ろし、恵兎の方を見た。


「まだ退院して一ヵ月しか経ってないのに無理しちゃ駄目でしょ!」


 今にも泣き出しそうな顔でそう叫ぶ恵兎は、もう一度「馬鹿」と小さく呟いて俺の方に来て抱きしめた。彼女の表情は見えないが、押し殺しきれない小さな泣声が耳元で聞こえた。


「ごめん。」


 彼女を抱きしめ返しながら、謝った。すると彼女の抱きしめる力が強くなった。





 数分立って、彼女が泣き止んだ頃....公園のベンチに移動した。空は茜色に染まり、陽が沈んでいくのを眺める。


「しばらく今日みたいに遅刻しそうだからって走らないって約束して。」

「うん。約束する。」


 目元が赤く、泣いた跡が残っている恵兎は、俺の方を向いて小指を出す。俺はその小指に自分の小指を絡めた。


「「ゆびきりげんまん、嘘ついたら“ハーベンダッツ10年分奢り”。ゆびきった!」」


 互いに笑顔で、ゆびきりをする。前に針千本は現実的じゃない...ということになり、この罰則を思いついてからは、ゆびきりの罰則は366×10の3600個分のあのお高いハーベンダッツを買うことになった。


 改めて紹介しよう、この黒髪セミロングの美少女のことを。彼女、紫堂恵兎は、名門美澄学園に通う俺の交際相手である。バイト先が同じで、彼女と一緒に仕事をしていく内に惹かれていった。高校一年の秋、俺はバイトの帰りに彼女に告白し、付き合うことになった。____そして、今日は付き合い始めてから丁度一年。


「恵兎と付き合って一年か....あっという間だったな。」

「そうだね。でも、あの日みたいなことはもう嫌だからね?」


 そう言って眉を下げて、苦笑いする恵兎。


「これから気を付けます。」

「よろしい。」

「何様だよ~。」

「彼女様ですっ!」


 お互いに笑って、他にも他愛もない話をする。


 あっという間の一年....でも、その一年のうちの二ヵ月は、病院での生活だった。




 三ヵ月前、俺と恵兎は、遊園地に遊びにいった。季節は夏。暑くて、遊園地についてアトラクションに乗る前に二人でアイスを食べた。恵兎はライトブルーのタンクトップに灰色の半袖パーカー、ダメージジーンズの短パンを着てきて、見慣れないズボン姿に思わず見惚れた。思い出してるだけでも、顔が赤くなりそうなほど新鮮で、似合っていた。

 アイスを食べ終え、ジェットコースターに乗って、コーヒーカップに乗って、メリーゴーランドに乗って....ノンストップで色んなアトラクションに乗っていった。そして、最後に観覧車に乗って、景色を眺めた。

 アトラクションを制覇し、俺たちは遊園地を出た。恵兎を家まで送ってから.....事は起きた。家に向かって歩いている中、居眠り運転されたトラックと接触した。


 ここからは、病院で目覚めて医師さんから聞いた話だ。すぐに病院に運ばれたが、臓器を損傷していて、すぐに臓器移植を行わなければ、死んでしまう状況だった。幸い、ドナーがすぐに見つかり、俺は臓器移植し、一命を取りとめたらしい。事故から三週間、俺は病院のベットの上で目を覚ました。

 それから一ヵ月と一週間はリハビリに専念した。そして、退院した次の日、俺は飼い犬のレオンと散歩しているときに制服を纏った恵兎に会った。俺の姿を見るなり、泣きだした恵兎を近くのベンチに座らせ、色んな話をした。恵兎からは、俺が死んじゃうんじゃないかって凄く怖かったこと、家の事情でお見舞いに来れなかったこと、俺が病院にいる間に思っていたことを聞いた。俺は、病院でどういうことがあったか、リハビリをやってたときのこととかを話した。



 それ以来、週に一度、俺の通う羽瀬高校の近くの公園で会うようになった。

 あの事故が起きた日から数日後に両親に内緒でバイトしていたことがバレ、辞めさせられたらしい。だから、バイト先では会うことはなくなり、この公園で会うだけ。

 この季節はお互いに学校行事の準備で忙しいから、土日にデートもできない。それでも、週に一度、彼女に会えるだけでこんなにも幸せになれる。



「そう、今日はね....怜に大事な話があるの。」

「なに?」


 茜色の空はすっかり暗くなり、藍色の空に星々と月が輝く。


「怜。」


 恵兎の方を向くと、真剣な瞳で俺の名を呼んだ。何故か、手に力が入る。


「私はここに本当にいる?」

「え?」


 まっすぐこちらを見つめたまま、恵兎はそう尋ねた。

 俺はその質問の意味がわからなかった。


「貴方の前に“紫堂恵兎”は存在する?」

「何を言ってるんだ...?恵兎は俺の目の前にいるじゃん。」


 存在してるから今もこうやって話してるじゃないか。


「そう言って逃げるんじゃないわよ!いつまでも目を背けないで、“本当の私”から目を背けないでよ!!」

「逃げるって....っ!」


 脳内に巡る、黒いスーツを着た男性に腕を掴まれ、嫌がる恵兎の姿。近くには黒色のベンツ。


「もう、全てを思い出す時間よ。」


 一度も俺に目を合わせたまま、


「大丈夫。本当の私は貴方とずっと一緒なんだから。さっさと思い出して、前を向いて歩きだして。」


 涙を溜めて、


「さようなら。愛してる、怜。」


 悲しそうに微笑んで。


「そんな悲しそうに笑うなよ、恵兎。」


 彼女は俺の目の前から消えた。

 いいや、彼女はずっといなかった。俺の目の前に。








*・*・*・*・*



 今から話すのは、あの事故の“本当”のお話。





 あの日、俺と恵兎は遊園地へ行き、デートを満喫した。

 そして、遊園地を出て、俺たちは恵兎の住むマンションに向かっていた。


「今日の遊園地デビューはどうだった?恵兎。」

「すっごく楽しかった。また、忘れられない幸せな思い出が増えた。」


 恵兎は夕日の眺めながら、微笑む。そんな恵兎に思わず顔が熱くなる。

 ふいに俺の方を向かれ、ニヤニヤと笑う恵兎。


「見とれちゃった?」

「悪いかよ...。」


 さっきよりも顔や耳に熱が集まる。絶対今、顔真っ赤だな...俺。そんなことを思っていると、恵兎は声を出して笑って、最後に満面の笑顔で言った。


「悪くないわ....照れてる怜、可愛い。」

「なっ....可愛いとか嬉しくないからな。あと、絶対に恵兎の方が可愛いから。」

「....怜の馬鹿。」


 お返しにと思って言った言葉は、思った以上に効果があったようで笑顔だった恵兎が今は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして口を尖らせていた。

 くそ、可愛い過ぎるだろう。なんだよ、この可愛い生き物。熱が引いてきたと思ったら、照れる恵兎に再熱した。



 しばらくお互いに顔を見ないまま、歩くと俺たちの横を黒いベンツが通り過ぎようとし、すぐに止まった。ドアが開く音が聞こえたと思ったら、ベンツから出てきた黒いスーツを着て、黒いサングラスをかけた男性がこちらに向かって歩いてくる。


「お嬢様、見つけましたよ。」

「.....香月(こうづき)さん。」


 香月、という黒スーツの男が近づいてくるのを見て、恵兎は俺の片腕にしがみついた。そのとき、彼女の体が震えてることに気付く。


「お嬢様、本家に帰りますよ。」

「嫌よ。勝手に追い出しといて、いざ他社とのコネクションの為に私を使いたいが為に連れ戻そうとするなんて、最低よ!」


 付き合い始めた頃、恵兎は自分の素性を俺に話してくれたから、今、SPらきし黒スーツの香月さんに何を言っているのか分かる。



 彼女、紫堂恵兎はとある大企業の社長令嬢として生まれた。小学生になる頃、実力試験で双子の兄に負け、本家を追い出され、今住んでいるマンションに一人暮らしをすることになった。エスカレート式の美澄学園に入学させ、面倒は雇った家政婦にやらせた。それ以来、彼女は家族と一切あっていない。ただ、毎月使いきれない生活費が送られてくる。



 そんな彼女の事情を聞いたとき、俺は彼女の父親を全力で殴りたくなった。彼女のことまったく見ていない家族が憎らしかった。

 そして、今、彼女を連れ戻そうと言う理由を聞いて、俺の堪忍袋の緒は切れた。


「お嬢様、そんな子供みたいなことを言わずに。」

「何が『子供みたいなこと言わずに』だよ。今まで一切、関与してなかった彼女の人生を奪うようなマネしようとしてるお前ら大人の方がよっぽど“我儘な子供みたいなこと言ってる”ぞ。」


 彼女の人生をなんだと思っている。娘を駒とでしか考えていないのか?


「部外者が首を突っ込むな。」

「部下者じゃないさ。俺は彼女、紫堂恵兎が決めた婚約者(・・・)なんだから。」


 恵兎も香月さんって人も目を見開いて驚く。

 そして、嬉しそうに口角をあげた恵兎が香月さんの方を向き、鋭い目つきで言う。


「そうよ。私はもう、彼と婚約してるの。彼以外の相手となんて考えてないわ。」


 恵兎の言葉に香月さんはさらに目を見開き、すぐに無表情...いや、眉を顰めた。


「お嬢様。貴方は“紫堂”としての自覚が足りません。本家に帰ってから数々のレッスンが控えています。その男とは今後一切関わることはいけません。彼はただの一般人でしょう?貴女と釣り合わない。さぁ、お嬢様、帰りましょう。」


 俺はそんな言葉を聞いて、摘んだなと思った。

 確実に彼は、彼女の地雷を踏んだ。


「馬鹿にするのも大概にしてくれるかしら。私は、お父様が私と結婚させようとしているお坊ちゃんよりも私のことを大切にしてくれる彼の方が何千倍、何兆倍もいいわ。一般人?利益でしか人を判断できない人よりマシに決まってるわ。釣り合わないじゃない。天秤にかける必要性なんてないことよ。私が“紫堂”から貰えなかった愛情を...彼は、怜はたくさんくれたもの!!」


 ハァハァと息を切らす恵兎。恵兎は本当に俺を褒める天才だね。


「彼女がこれだけ言っているのにまだ、連れ戻そうとしますか?なら、貴方たちはきっと彼女のことなんか少しも考えてないんですね。」


 香月さんが車から出てきて、こちらへ向かってきたとき....彼は、恵兎を見た瞬間に安心と罪悪感の籠った目をしていた。目は言葉より表情より正直だ。

 彼の本心を俺は聞きたかった。香月さんの口から言葉で。


「この10年間、私がお嬢様のことを忘れたことなんてありません。お嬢様には、幸せになってもらいたいんです。お嬢様が婚約されるご相手の方とは、これから愛を育んでいけばいいでしょう?なら、貴方の価値なんてないに等しい。お嬢様の幸せな人生に貴方は必要ない....柴田怜。」


 憎悪の籠った目で恵兎には絶対に向けて言わない低い声を俺に向ける。彼の中では、恵兎は“お嬢様”のままだ。財がない人より財がある人の方がいいに決まってる。....彼は、恵兎の思考を彼女の幸せの人生に入れていないんだ。


「香月さん。その幸せの人生に恵兎の“意志”はありますか?」

「お嬢様が婚約されたくないのなら、別の人と婚約なさればいい。お嬢様の地位に見合う...“紫堂”に見合うお相手とね。だから、お嬢様は返してもらう。」


 香月さんの様子が変わる。恵兎を連れ戻すスイッチが入ったのか。くそ、めんどくさい人だな。

 

「恵兎、逃げよ...っ!!」


 手を思い切り誰かに捻られる。頭だけ動かして、姿を確認すると、そこには黒いスーツを着た見知らぬ男性。まさか、香月さんの他にもいたのか...!!


「怜っ!!ちょっと、離して!香月さんっ!!」


 恵兎の方を見れば、右手を香月さんに掴まれ、車まで引っ張られていく。このままじゃ、恵兎が....恵兎が幸せになれない。俺が....俺が助けなきゃ。

 このとき、走馬灯のように恵兎との思い出が脳裏に蘇ってくる。もちろん、香月さんに向かって言った言葉も。


 俺は抵抗するのをやめる。いきなりやめたことに警戒心が薄れたのか、腕を捻る力が弱まった瞬間を逃さず俺は男の急所を思いっきり蹴る。


「いっ!!?」

「恵兎!!」


 少し離れている恵兎の元へ全力で走る。元陸上部、現サッカー部なめんなよ!


「貴様ぁぁああ!!」

「おらぁぁああ!」


 恵兎を背後に隠した香月さん。俺は勢いをつけるように右拳を振り上げる。


「うっ!!?」


 俺の拳が振り下ろされる前にその場に気絶する香月さん。


「現、武道部を舐めない方がいいわ。」


 そう、背後に隠された恵兎が手刀で香月さんを気絶させたのだ。...あれ、俺より恵兎の方が強い?

 そんなことを思っていると、勢いよく左手を握られる。


「逃げるわよ!」

「あ...あぁ!!」


 俺は、握られた手をギュッとしっかり握り、走り出した。



 あれから数十分走った先は住宅街。


「とりあえず、跡は追ってきてないみたいだな。ハァハァ。」

「そうね。ハァハァ。」


 お互いに息を整えながら辺りを見渡す。

 ここらへんって....前になんかの行事で通った気がする。...とりあえず、羽瀬高は近いな。じゃあ、あの公園も近くにあるかもな。

 俺はニヤリと口角を上げ、恵兎の手をもう一度繋ぐ。


「恵兎、公園いくぞ。」

「公園?」

「あそこらへん、誰も人来ないんだ。」


 そう告げて、公園まで走り出す俺。そんな俺に引っ張られ気味に走る恵兎。



「ついた。ここだ。」


 夕日がもうすぐ落ちる。茜色に染まっていた空が徐々に藍色になっていく。


「確かに人っ子一人いないわね。」

「まぁ、ここらへんは公園で遊ぶような子供がいないからな。」


 現状では丁度いいだろう。追われている中、無関係な人たちまで巻き込むわけにはいかないから。

 さて、ここからどうするかが問題なんだけど...。


「どうする?」

「....。」

「恵兎?」


 何かを迷うかのような浮かない顔をする恵兎。...まさか、俺を巻き込んだことに今更、罪悪感を抱いてるんじゃないだろうな?


「怜....やっぱり私、家に__」

「戻るなんて言わないよな?俺はお前と離れたくない!」


 俺がそう言うと、目から涙を流す恵兎の顔が見えた。


「私だって....本当は離れたくない。でも、このまま逃げ回る人生なんて幸せじゃないわ。私の人生も怜の人生も。」


 泣きながら、そう言う君の言葉に反論しようにも言葉が思い浮かばない。


「そう....だな.....。」


 頬に伝う何か....我慢できなかったか。目から溢れ出る涙。拭っても拭っても拭っても止まらない。


「男なのに泣かないでよ....。」

「泣きたくなかったけど....やっぱり、別れはつらいな。」


 俺は恵兎を抱きしめ、涙を流し続ける。寂しいと悲しいと、貴女を愛してることを伝わればいいとギュッと抱きしめる。


「私、いつか怜に会いに行くから。必ず会いに行くから。」

「あぁ。恵兎が来やすいようにカフェでも開いておくよ。カフェの名前は....どうしようか。」

「私が考えてもいい?」

「もちろん。」


 抱き合ったまま、将来の話を始める俺たち。涙は、いつの間にか止まっていた。

 恵兎は少し考えるとすぐにひらめいたのか、弾んでいるような声を出す。


「決めたわ!誰もが自由に過ごせる場所.....自由を象徴とするカフェテリア______“sky-fry(スカイ-フライ)”」


 とても彼女らしく、彼女が好みそうなカフェだった。


「わかった。sky-fry創って、マスターやってまってるよ。」

「絶対、飲みに行くわ!」


 俺たちは向き合って、最後のキスをした。

 それは、とても甘く、切なく、色んな気持ちが詰まったキスだった。



「途中まで、送ってくよ。」

「ありがとう。」


 俺たちは別れを惜しまないように手を繋がずに隣を歩く。住宅街を抜けると大通りが見える。近くには黒色のベンツが止まっていた。


「香月さんって凄いな。」


 ここらへんにいるって分かるとかどんな手を使ったんだろう。そんなことを考えていると恵兎がクスッと笑って、呟く。


「あの人、父様の懐刀だもの。父様が一番実力を認めている人なのよ。」

「えぇ?!そんな凄い人にあんなこと言ったのか....祟られそうだな。」


 懐刀とか....右腕よりもなんか凄そう。現に一番実力を認めてるっていうし.....そんな大人相手に煽るようなこと言っちゃったけど大丈夫か...?まぁ今更だし、後悔するのは止め止め。


「大丈夫。香月さんも分かってくれるわ。というか、こういう出会いでなかったら怜のこと絶対に気に入ってたと思うから。香月さん、気に入った相手にはとことん甘いのよ?」

「まじか。あぁ...だから恵兎は溺愛されてるんだな。」

「そうかもしれないわね。」


 お互いに笑いあって、最後の会話を終わらそうとする。


「じゃあ、またね....柴田怜。」

「あぁ...またな。紫堂恵兎。」


 そう俺が言うのと同時に後ろを向き、黒いベンツのある方へ歩き出す恵兎。

 俺は黙ってその背中を見届ける。



 キィー....遠くから車のブレーキ音が次々と聞こえてきた。どうしたんだ?なんか事故でもあったのかと思っていた矢先、明らかに様子の可笑しいトラックが恵兎が向かっている方向に走ってきていた。

 やばい、このままだと恵兎が引かれる!


 俺は無我夢中で後を追いかけ、トラックの方を見て逃げようとする恵兎の元に急ぐ。あの勢いのままなら恵兎は逃げ切れない....。俺は恵兎をトラックから隠すように包み込んだ。


 ドォンッ


 背中に衝撃が走り、体が宙を舞っているのがなんとなくわかった。


 地面に打ち付けられる瞬間までがスローモーションのようにゆっくり見えた。しかし、恵兎は無事なのか、他に被害はないのかわからなかった。









 次に目を覚ましたのは、病院のベットの上だった。辺りを見れば、どうやら個室のようで俺以外はいなかった。

 とりあえず、ナースコールをして、俺が目覚めたことを知らせた方がいいかもな。そう思った俺は妙に怠い体を動かし、ナースコールを押した。

 その時は、まだ意識がはっきりと覚醒してなかったのか、何で自分が病院にいるのかわかっていなかった。もし、わかっていたら、こんな冷静でいることは出来なかっただろう。



 ナースコールをすると、慌てた様子ですぐに現れた看護師さんと医師さん。

 俺は、ボーッとしていた意識がはっきりし始め、診察が終わった後に何があったのか医師に尋ねた。



 トラックに跳ねられた俺と恵兎。トラックの衝撃は、俺が全部受け止めたらしく、恵兎には無かった。が、跳ねられた先に大きな岩があり、後頭部を強く打ち付け、病院に搬送され、すぐに脳死判定を受けた。


 俺はといえば、背骨の一部が折れ、その骨が心臓に突き刺さりかけていたらしい。他にも色々と怪我をしていて、生きているのが奇跡と言われる程の状態だったらしい。臓器移植すれば、助かる可能性があったが、今から手配しても間に合わない。

 そんな時、恵兎の学園での友人がドナーカードを持っていたことを伝え、臓器の形が一致したことのより、恵兎の臓器を俺に移植した。


 移植手術は無事に成功し、俺は一命を取り留め、その三週間後、ナースコールが響き、今に至る。






「今....俺の中は.......」

「恵兎さんの臓器...心臓があります。」


 医師の言葉を聴いて、胸に手をあてる。

 “どくん、どくん”

 一定のリズムを刻んでいく。


 恵兎.....けい...と.....。


「すみません、1人にしてくれませんか。」


 俺は、心臓の鼓動を聴きながら、泣いた。

 護りきれなかった。彼女を助けれなかった。あの時、香月さんたちから逃げず、彼女と別れていたら....彼女は死なずに済んだじゃないか。俺と今日、出掛けなければ、こんなこと起きなかったんじゃないか。


 思い返せば思い返すほど、後悔していく。もしも、もしも、とあったかも知れない幸せな風景を思い返しては、後悔して。


 俺は、後悔していく中で、彼女が“死んだ”ことを無かったことにした。




 そして、元気にしてる彼女に会うためにリハビリを頑張り、あの彼女と最後に過ごした公園で、誰もいない公園に彼女の姿を見出したんだ。


 誰もいない公園で一人、存在しない彼女と話す。


 あれは俺の妄想だったってか。

 彼女のお墓にも行かず、存在(いも)しない彼女と一ヶ月過ごしたんだな。



 最低じゃねぇか。







「滑稽ですね。」


 聞き覚えのある声が聴こえ、そちらに振り向く。


「香月さん...。」


 黒いスーツ姿ではなく、私服なのか青のポロシャツに黒の綿パン。ただでさえ、身長が高いのにスタイルも抜群ですか。


「お嬢様は、運ばれていく途中、私に話してくれました。“私の認めた彼はカッコイイでしょう?”と。確かに自分の身を投げ出してお嬢様を助けたとき、カッコイイと思いました。ですが、目覚めてからの貴方はどうです?ただの甘ったれたガキじゃないですか。」


 香月さんの言葉に何も言い返せない。俺はただ、拳を握りしめるだけ。


「悔しいですか?悔しくない筈ないですよね? ....お嬢様と約束したんでしょう?“カフェを開く”と。なら貴方の中にあるお嬢様の心臓に見せてあげなさい。お嬢様が名付けたカフェを。」


 香月さんの言ったことに思わず、下げていた顔を香月さんの方に勢いよく向ける。


 そこには、恵兎に向けていたような優しい笑みを浮かべていた。


「出来たら、呼んでください。行きますから。」


 そう言って、懐から紙を出し、俺に渡す。


「責任をしっかり取れ、柴田怜。」


 真剣な眼差しで俺の名を呼び、公園から出ていく香月さん。

 紙には、“香月(こうづき)智弦(ちづる)”と電話番号とメアドが書かれていた。


 俺は香月さんの背中に向けて、頭を下げる。


「ありがとうございます。」


 俺に彼女の願いを教えてくれて。

 俺に道を示してくれて。


 恵兎が描いたカフェテリア(sky-fly)を創って、彼女に笑ってもらえるように。


 あんな悲しい顔には、二度とさせない。











*・*・*・*・*



「怜さーん!珈琲2つ入りましたー!」


 フロアから来た店員の雨音(あまね)さんことアネちゃんがキッチンにいる俺にオーダーを伝える。


「わかった。アネちゃん、これ2番テーブルに。」

「了解でーす。」


 珈琲を注ぎ、トレイに置く。

 常連客の日比谷(ひびや)夫妻だから、ミルクはたっぷりつけないと。

 珈琲カップの隣に大きめのミルクカップを置き、会計が丁度終わった美月(みづき)ちゃんことミキちゃんに声をかける。


「ミキちゃん、これ宜しく。」

「日比谷夫妻様ですねー。了解です。」


 このカフェの看板娘であるミキちゃん。まだ高校生とは思えない。


「オーナー、4番テーブル...ランチAとお子様セット入りましたー。」

「了解。ナオくん、」

「玄関の掃除、してきますね。」

「ありがとう。」


 周りがよく見える直杜(なおと)くんことナオくん。すっごく飲み込みも早くて、察せれる子...。ユリちゃんがいきなり連れてきたときはびっくりしたけど...いい人材を連れてきてくれた。


「アオくん、ユリちゃん。オーダー聞こえた?」

「もちろん。」

「今日は初のお子様ランチ!何作ろうかなぁ〜。」

「じゃあ、宜しく。」

「「了解。」」


 キッチンで基本料理担当の大学生の蒼衣(あおい)くんことアオくんとアネちゃんもだけど、主婦の優里香(ゆりか)さんことユリちゃん。

 アネちゃんもユリちゃんも俺より年上だとは思えないくらい見た目が若い。まぁ本人に言うと凄い勢いで背中を叩いてくるから...年齢には触れないっていう暗黙の了解がある。

 二人とも料理の腕はピカイチ。レシピ見れば、あっという間に作っちゃうし、アレンジ加えてさらに美味しくさせる。


「今から入りまーす。」

「あ、ユウくん。2番テーブルの方がおかえりになられたから片付け宜しくー。」

「ういーす。」


 そう言って2番テーブルに向かうのは、優音(ゆうと)くんことユウくん。背は小さいけど、男前。学生の中では彼が一番ここに務めてる。




 拝啓、紫堂恵兎様。


 君の名付けたカフェには、個性豊かなメンバーが揃って今日も営業しているよ。

 お客様も自由にしてくれてる。本を読んだり、友達と喋ったり、仕事をしたり。

 君が願った“自由に過ごせる場所”になったかな...?

 俺はこれからも君と...俺が望んだこのsky-flyを自由に溢れるカフェにできるよう頑張るよ。

 そうそう、香月さんは月に一度来てくれる常連さんなんだ。いつもブラック珈琲とサンドウィッチを食べて帰るんだよ。香月さんってサンドウィッチ好きなのかなぁ...。今度聞いてみるか。


 なぁ....恵兎は今、笑ってる?

 笑ってると嬉しいよ。






 愛してる。


 敬具


 sky-flyオーナー柴田怜。






 今日も胸に手をあてて、彼女宛に言葉を馳せる。


 君の笑顔を思い浮かべながら。






ご精読、ありがとうございました!!


 このお話は、レポート発表のときに友達が心臓移植のお話をしていたときに思いついたものです。

 心臓移植による影響と恋愛を混ぜたらこんな風になるのかな...と作者の勝手な想像で出来たものなので、力不足で心臓移植によって彼女の幻が見えるみたいなお話に最初はしようと思ったんですが、書いていく内に思いついたものとは少し違ったお話になってしまいました...//。


 レビュー、感想、評価などよかったら宜しくお願いします。

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