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本当の“最悪”

 数百年前に、最初の“亜人”が生まれた。

 人類は3回目の世界大戦中だった。すでに多くの大地は汚染され、人口は全盛期の半分に減っている。


 破滅が徐々に近づいてきても、走り出した人類は止まれない。

 わずかな資材も兵器につぎ込んでしまう。

 どんなに疲弊していっても、人々を突き動かすのは敗戦への恐怖。

 降伏勧告を受けれてしまえば、今まで以上の苦難が待っている。

 これまで積めあげてきた苦労も無に帰す、最悪の状況だ。


 ……だから、気づけなかった。


 山間の村で産声をあげた、奇形の赤子。

 すでに人類は包囲されていたのだ、本当の"最悪”に。


 件の奇形児の異常は、おそらく遺伝子が原因である。

 因果不明、回復不能。

 水中でなければ呼吸できない赤子に対して、専門家たちは白旗を揚げていた。


 だが、その驚愕は3日も持たなかった。


 似て非なる症例が、連鎖的に全世界から報告されたのである。

 羽毛を持つ赤子、額に目がある赤子、骨が外側にある赤子、これを人間とは認めてはならないと、高名な学者は思わず叫んだそうだ。


“遺伝子の暴走だ。人間は太古から遺伝子を受け継いできたが、ルールはあった。

 この子どもたちは、順番の何もかもメチャクチャで、生物の倫理に反している”


 生物の設計図である遺伝子(二重螺旋)。

 生存競争を勝ち抜くための"進化”"適応”"体得”

 新たな生存圏を獲得するための"空を飛ぶ手段”"水中で呼吸をする手段”"極寒の中生存する手段”

 遺伝子は絶えず変化し、生物は進化していくカラクリである。


 人間は世代を重ねて、進化していく―――はずだった。

 ある時を境に、その緩やかな変化は終わりを告げた。

 すでに全世界で報告される、ヒトのカタチを失った赤子たち。

 進化の連続性は破棄され、個々人がデタラメな生物の特長を獲得していた。


 自らの面影を、我が子から見つけられない両親たちに、愛情を持てと言うのは酷だろう。

 特に、自ら産み落とした母親たちは、我が子を"異物”と見なし、激しい嫌悪感を抱いた。

 人類は、子どもを愛する心を、失ったのだ。

 

 愛の一つを失った人類が向かったのは、あまりにも愚かな結末だった。

 ある国は、敵国のウイルス攻撃のせいだと主張し、

 またある国は、人類は神の怒りに触れたのだと嘆く。


 ……誰もが口にしなかった真実。

 生まれてくる子供たちはもう、人類とは認められていなかった。


 そして、人類の滅びは決定した。

 当たり前だ。もう、人類は続けられないのだから。


 あとはゆっくりと、死に絶えるのを待つだけ―――

 とはならなかったのは、やはり、人類が愚かだったからだろう。


 悪足掻きは最悪に。いっそ、この星ごと道連れに。


 炎が星の表面を舐めたのは、しばらくたってから。

 我々以外が幸せになることは許さないとばかりに、

 機械獣という置きみやげを残して、人類はこの星から消え去った。


 それでも生き延びた生物たちの中に―――あの赤子たちもいた。

 その後、彼らはゆっくりと増え続け、“亜人”として生きている。


   ■


 ……何か、いやな夢を見ていた。


 目を開けると、見慣れた顔に睨みつけられていた。

 岩肌の天井を見て、自宅にいることを知る。

 真っ赤な目で睥睨してくるのはもちろん、我が家の最高権力者である嫁さんこと、美紀さまだ。


 美紀が片手に持っている包帯はまだいい。

 問題はもう片方の手に持っているモノ。鈍く光るハサミは、包帯を切るものだと信じたい。


「……オハヨウゴザイマス」


 (朝かどうかは分からないが)とりあえずのご挨拶。

 小粋に片手をあげようとして、激しい痛みにおそわれた。

 恐る恐る首だけを動かして、自分の状態を確認する。……OH、なんて見事なミイラ男。


 シャキンと、美紀のハサミが澄んだ音を立てる。

 なぜ、中途半端の長さで包帯を切ったのか、その疑問は口にはできない。

 何せ、美紀さまは手元を全く見てらっしゃらない。

 感情を読みとれない目で、自分を見下ろしたままだ。

 シャキンシャキンと、空気を切るハサミ。ケガのせいかな? 先ほどから寒気が止まりません。


 やがて美紀は、しばらく目を閉じたあとに、


「他に、言うことはないの?」


 冷えているくせに、噴火直前とわかる声音で話しかけてきた。


 常日頃の経験が告げる。ここは分水嶺だ。

 問いかけに対して、間違えたことを言えば死亡。

 黙っていても死亡。

 正解を言えば、半殺しで済む。

 ……何その理不尽。


 そっと目を閉じる。今に至るまでの記憶を洗い出す。

 肌触りの悪い悪夢の向こうに、空色の少女の姿を見つけた。


「あ、くるみちゃ」シャッッッキン!!

 

 ……どうやら、間違えたらしいです。

 メーデー、メーデー。生存本能が悲鳴を上げている。


「何か、言った?」


 イイエ、ナンニモと、必死で首を横に振った。

 奥さんとの真面目な会話で、別の女性の名前を出すのはマナー違反でした。はい。


 とは言え、気を失う前のことを思い出せた。

 廃棄谷の底にある、白い空間。そこで出会った不思議な少女。


「そうか、助かったんだ」


 口からこぼれた声音は、どうやら感情を込め忘れたらしく、随分と軽く響いた。

 視界の隅で、美紀が痛みをこらえるように眉をしかめていた。


「あとで入間先輩と鉢徒にお礼を言いなさい。

 随分と、無理をしたっぽいから」


 あの二人は口が裂けてもそうは言わないけどね、と美紀は苦笑混じりでつぶやいた。


 どうやら、親友たちに随分と無理をさせてしまったらしい。

 窓からは、空が白み始めているのが分かった。

 恐らくだが、谷底で自分が倒れてしまったのを確認した先輩は、

 大急ぎで里まで戻り、ハッチンと共に、もう一度谷底に向かったのだ。


 その日の内―――夜が明ける前に自分を助け出すために。


 なんて自殺行為。


 慎重に進んでもなお、危険が満ちている廃棄谷を、あの二人はきっと、まっすぐ下ったのだろう


 美紀に言われるでもない。

 この礼は、近い内に必ず返さないと。


 でも今は、どうしても確認しなければならないことがあった。


「……連れて帰ってきたのは、自分だけ?」


 冷たい目をしていた美紀は、やがて、あきらめたように肩をすくめた。

 そして、何か言葉を発しようとしたその時、


「おや、ようやく起きたですかミハク。

 お寝坊さんですね」


 無遠慮な声が部屋に響く。

 小脇に抱えた白い毛玉―――アリスをモフモフとなで回しながら、

 相変わらず無表情の槌原くるみが入室してきた。


 えーと、視界の隅に映る美紀さま。表情がメッチャ怖いです。

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