邂逅・少女
世界が白い。
気がつくと、口の中が血のにおいで充満していた。
「え? ――――――ああ……」
世界が、静寂を取り戻している。
ツクリモノの光。世界を白色に染めながら、倒れている自分と、そばに立っていた少女に降り注ぐ。
見上げた少女の顔には、さらり、と空色の髪が揺れていた。
少女の瞳は、琥珀の原石を連想させた。
古い記録で見た生物。完全なるヒトのカタチ。翼も鱗も見つけられなかった。
少女の表情は読みとれない。あなたは旧人類ですかと問いかけたいが、そもそも、敵か味方かも判別できない。
少女の顔が近くなる。自分の表情がそんなにもおもしろいのか、深く観察するように―――その場に座り込んだ。
あまりにも希薄は現実感。だが、頬にか感じる少女の吐息。
ようやく確信できた。少女は機械獣ではなく、空気を求める生物だ。
いや、自分たちと同じ、と付け加えるのが正解か。
少女もそうだが、自分だって見てクレはヒトのカタチだ。
白い部屋で、この世界では生きづらいカタチをした生物が相対する奇妙さ。
まるで檻だ。廃棄谷の奥で、自分たちは隔離されている。
「ここで、待っていろって」
予想だにしない言葉に、耳を疑う。
可憐な声は、眼前から。思わず目を見開くと、少女は―――まるで生まれたての赤子のような、なんの警戒もなしにこちらをのぞき込む、危機感ゼロの表情をしていた。
「―――ここで、待っていろって。おっきなネコちゃんが、
そんなことを言っていました」
さらにメルヘンな台詞を言っているが、おっきなネコちゃんには心当たりがあった。
改めて辺りを見渡しても、ここには自分と少女しかいない。
ここまで自分と一緒にきた、おっきなネコちゃん。
皮肉屋だが、なにげに苦労性のケットシー先輩こと、紀尾井入間の姿が見つからない。
「せんぱ……おっきなネコちゃんはどこに?」
「分かりません。ただ、助けを呼んでくるから動くな、と」
ふむ。どうやら見捨てられた訳ではないらしい。
「とても残念です。
あの愛くるしい姿を、もっと思う存分モフモフしたかったのに。
毛を逆立て、爪を出し、ものすごく怒っていました。
何がいけなかったんでしょうか」
寒気がした。
ものすごい場面を想像し、気絶していて良かったと、心の底から思う。
「えっと。いろいろと聞きたいことはあるんだけれど。
まずは、君は誰なのかを聞きたいかな?
何で、こんな場所にいたのかも含めて」
「わたしの名前は槌原くるみです。
この場所にいるのは、ついさっき、ここで生まれたからです」
……ここで、生まれた?
「正確に言うなら、半日ほど前に、
この体は生命活動を始めました。
あなた方と同じように、有機生命体としてこの世に生を受けたのです。
よろしくお願いしますね」
混乱はます一方だ。
ついさっき生まれたばかりだと言う少女は、
相変わらず読みとれない表情だが、
それでも確かな自意識を感じさせている……?
「いや。なんで流ちょうに話せているのさ」
「? 言っている意味が分かりません。
わたしが言葉を話すのがそんなに不思議でしょうか。
あなたとも、こうして意志の疎通ができています。
それは、喜ばしいことではありませんか?」
不都合ではないはずです、と少女は首を傾げる。
……ええと、意志の疎通は若干できていないような……?
もういいや、とりあえず危険はなさそうだし、このこ。
「うん、まあそうだね。
とりあえず、こっちの自己紹介がまだだったね。
名前は月乃森未白。見ての通り満身創痍で割と危機的状況、かな?
……で。
これからどうするつもり? 槌原さん」
少女はここで生まれた。まるで旧人類のような姿で。
その姿は、この世界では随分と生きづらい――――――
「決まっています。言ったはずです。わたしは生まれたばかりだって。
ならば、生まれ落ちた世界を知りたいと考えています」
「この世界を知りたい、ねえ。
自分としては、おすすめできないけど」
「……ふむ。貴重な意見です。
しかし、やはり自分の目で見て、自分の頭で理解するべきだと、
くるみちゃんは考えます」
控えめにした助言は、どうやら届かなかったようだ。
あと、くるみちゃんて。
「ところで、ミハク。
先ほどから随分と顔色がおもしろくなっています」
丁寧な口調で失礼なことをいうくるみちゃんだった。
その大きな瞳はじっと、自分の顔をのぞき込んでいる
「………」
大きく息をすう。
どうやら血液が足りなくなってきたらしく、
今は随分と息苦しい―――
「む。肌の色が白く―――?
あれですか? ミハクはもしかしてカメレオンなのですか?
この部屋と同化するのですか?
だけど、髪の毛の色は変わっていませんよ」
くるみちゃんの声に、少しだけおかしな気持ちになる。
なるほど、どうやら自分の亜人としての特徴は、
雷を操ることだけでは無かったらしい。
―――ああ、そうだ。
とても大事なことを聞いていなかった。
「……君は、人間なのか?」
生まれてすぐ言葉のしゃべれる人間はいないはず。
なにより、少女の肩にかかる髪の毛。
旧人類に、その髪色は無かったのを知っている。
焦がれるような、空の青。
「はい、そうですよ」
少しだけ予想していた、最悪の回答に目を伏せる。
少女は、この星を汚した忌み子だと、自ら認めたのだ。
―――しかし、
「くるみちゃんは、あなたや、あのおっきネコちゃんと同じ、人間です。
おかしなことを聞きますね。ミハクは」
呼吸を止めたくなるような、最悪の真実を口にした。