【遭遇】機械獣
無機質な音が響いている。
「バ■タルーーー正常」
「脳波ーーー異常ア■マセン」
いつもの夢だ。体は動かず、視界は闇に閉ざされている。
「各種インプ■ント施術ーーー成功ーーー■常アリ■セン」
ただ、聞こえてくる固い音だけが、世界とのつながりだった。
「コレ■リ、悪性思想ノ焼却■オコナイマ■」
薄れていく意識に、恐怖はない。
「コ■ヨリ 汚レタ魂■漂白ヲオコナイ■ス」
塗りつぶされていく想いに、未練はない。
「スベ■ハ、人類ノ■福ノタメニ」
―――ただ、
「ス■テハ、人類■未来ノタ■ニ」
大事な何かを手放してしまう。そんな予感が、ただ悲しかった。
★
「むむ! もしや、確かめるまでもなく寝ているとみたぞ。月乃森未白!」
素っ頓狂な声で、沈んでいた意識が浮上した。
「…………ん」
どうも夢見が悪かったようだ。内容はさっぱり覚えちゃいないが、耳の奥に、嫌な肌触りが残っている。
「ぬう! こんな状況であくびとは……頼もしく思えちゃって、我くやしい!
できれば立って、剣を握ってほしい所存! 我だけじゃ、もうすぐ来るお客さんに殺されちゃう!
ハリー! ハリー!」
おもしろおかしく切迫した声に、うつむいていた顔を上げた。
月がいっそう赤い夜だ。辺りは闇に沈んでいる
目の前には、厳つい顔をした、巨漢がなぜか慌てていた。四本の太い腕は、それぞれ無骨な棍棒を握っている。
のろのろと立ち上がり、手探りで側にあった鉄の剣をとった。
「……お客さん?」
ダメだ。頭が動いていない。剣を握った理由さえ、あやふやだ。
…………そもそも、目の前の人間が、どうしてそんなカタチなのか―――
「―――――――――ッツ!」
何か、大切なことを思い出そうとして、酷い頭痛におそわれた。
「あっかーん!
我のパートナーなぜかフラフラー!
エマージェンシー! エマージェンシー!
機械獣に串刺しにされる我が見えちゃうー!!」
「…大丈夫。ちゃんと思い出したから」
痛みのおかげか、それとも脳をシェイクする奇声のおかげか。
今の自分のあり方も、この世界の惨状も思い出した。
剣を握る手に力を込めた。乾いた音が響いて、一瞬だけ手元が光る。
―――さて、
相変わらず心は沈んだままだが、それでもお仕事を開始しよう。
■
改めて、暗く沈んだ世界を見渡す。
夜空の月が赤く見えるのは、今夜は大気が濁っているからだろう。
「ごめん。遠見の合図を見逃した。何体?」
隣の巨漢に声をかける。
彼―――未奥尼鉢徒。通称ハッチンは、嬉しそうに歯を見せて笑った。
「おお、目覚めたか、友よ!
我の生存確率が50パーセントアップ! さらに情報共有で倍率ドン!
敵はニ体、四つ足タイプのゴブリン・クラス。
真っ直ぐ、我らの後ろに控える里を目指して爆走中だ!」
目の前の暗い森を見据えた。木々が風に揺れる音と、緑の匂い。草をかき分ける驚異の音はまだ聞こえてこない。
「――――――やっぱり、今夜か」
思わず後方に目をやった。守るべき、明かりたちが、弱々しく光っている。
「うむ! 奴らも律儀なことよ!
いや、機械だから、正確なのは当たり前なのか?」
……自分たち亜人の敵、機械獣。
ご先祖さまである旧人類からの、くそったれな置きみやげの一つ。
数百年前の世界大戦から一日も休まずに、兵器であり続ける勤勉くんだ。
そんな奴らを撃退するには、それなりの工夫が必要なのである。
そんなわけで
「ハッチン。おとり、よろしく」
「かつてないほどの言葉の軽さ! そして、普段は見せないまぶしい笑顔!
さてはお主、肉壁と書いて、友と呼ぶ聖人だな!」
なぜかやる気を出したハッチンは、機嫌良く四つの棍棒で素振りを始めた。
どうやら、目立とうとしているらしい。
しかし、残念。いつもの奇行と何ら変わらないのである。
「――――――――――――」
風の音に混じって、不快な音が聞こえてきた。目を凝らせば、二つの赤い光が真っ直ぐ向かってくる。
「よっしゃきた!友の想いが詰まった我は、容易に破れはせん!
さながら、破裂寸前の水風船のごとし!」
ハッチンの雄叫びはまあ、陽動のつもりなんだろう。
言葉の意味を、深く考えてはいけない。
目眩をこらえるように、数歩踏み出した。
丁度、向かってくる機械獣から、ハッチンを守るような立ち位置。
無論、後ろでなぜかフロントレイズを始めた、不思議生物を守るためではない。かといって、いの一番に鉄の化け物と対峙するためでもない。
迎撃はあくまでハッチン。
自分の仕事は不意打ち、だまし討ちだ。
それなのに、
何でこんな目立つ場所に立つのかというと。
機械獣のいけ好かない行動原理と、自分の悲惨な特徴のせいだ。
「た・ぎ・っ・て・き・たぁー!
こい! 人類の悪辣な負の遺産!
ここはもとより背水の陣。
我らが灯した小さな文明を消されるわけにはいかんのだ!」
ハッチンの言葉に、力強くうなずいた。
剣を握る手が、少しだけ熱い。
夜でもなお、鈍く光る八本の鉄の足。規則正しいその駆動は、おぞましさの象徴だ。
せわしなく動いていた赤い目がピタリと、照準を定めたのが分かった。
扇形に展開するニ体の機械獣。
弧を描くように、立ち尽くす自分を迂回していく。
二つの赤い目は真っ直ぐと、ハッチンを捉えていた。
驚くことではない。これは想定内だ。…………腹立たしいほどに。
冷たくなった心を自覚しながら、静かに後ろを振り返る。
機械獣のいけ好かない行動原理。奴らは、亜人の存在を許さない。
……言い換えてしまえば、ヒトのカタチを保てなくなった人間の存在を、許さない。
確かにヒトの系譜なのに、羽があったり、鱗があったり、水中でしか生きられなかったり、腕が四本ある亜人の存在を、彼らは決して許さない。
その鉄製の目で、ヒトのカタチから逸脱した亜人を見つけ、一直線に狩りにくる。
剣を強く握った手のひらから、小さく何かが弾けた。
左右に展開した機械獣は、ハッチンを挟撃するつもりなのだろう。
四つの棍棒で武装したハッチンでも、ニ体ならば狩れると、奴らは冷たく理解しているのだ。
そばで、立ち尽くすヒトのカタチをした生き物が、自分たちの創造主と同じはずの生き物が、まさか敵であると、夢にも思わずに。
小さく息を止め、体の内に、小さな熱を灯す。
――――――先祖返り、または悪魔返り。
星を汚した旧人類と同じ姿で産まれた亜人。
機械獣に狙われ難いという利点は、この世界での生き難さに比べれば、ゴミくずに等しい。
…………それでも、
自分は決して旧人類とは違うと、胸を張って生きていけている。
外側には現れない。たった一つの亜人としての特徴。
静かに、一体の機械獣を剣先を向ける。
鉄の体を貫くイメージで、頭の中を満たす。
小さな熱は、今や破裂寸前だ。
――――――自分は体の内側に、雷を秘めている!
自分の中の熱が弾ける。
夜の闇を、断続的に白い光が照らす。
体から漏れでる小さな稲妻が、草花を焦がしていく。
雷をまとった剣先が、高熱で、赤く変色し始めている。
異様は、機械獣たちにも届いたようだ。
危険性を確認しようと、その鉄の足を止め、赤い目をこちらに向けてくる。
的が止まれば、一直線に突っ込むだけだった。
雷をまとったこの体はもはやバネ仕掛け。
足下から火花を散らして、一呼吸で、鉄の体に肉薄した。
剣の柄越しに伝わってくる、鉄の体を溶かし、貫く感触。
眼前に灯る赤い目に、帯電する己の姿を見つける。
キチキチと悲鳴を上げながらも、反撃を試みようとする機械獣。
トドメを刺すべく、手のひらが痛むのもかまわずに、剣先から稲妻を炸裂させた。
ほんの一瞬、乾いた音と供に、夜の闇が青白く瞬く。
暗闇と静寂が戻ると同時に、赤い目は光を失った。
剣を引き抜き、もう一体の敵と向かい合う。
せわしなく動く赤い目は、完全に自分を驚異と判断したようだ。
犠牲になった仲間を踏み台に、敵を駆逐する算段をつけているご様子。
だが、待ってほしい。
変化に対応し、優先順位を切り替えるのは良いけれど。
先ほどまで敵と見なしていた、巨体はすぐそばで元気いっぱいなわけで。
「ぬあっはぁああああ!」
雄叫び一喝。
四本の腕を駆使した、なんて見事なドラムロール(メッタ打ち)。
無防備な体に、四つの棍棒が雨霰と降り注ぎ、哀れ機械獣は、あっという間に鉄くずになったのだった。
■
「快勝、圧勝!
鉄が筋肉に勝てる道理なぞなし!」
勝ち鬨をあげるハッチンの横で、小さく息を吐いた。
……今夜は幸運だった。
ゴブリン・クラスは、機械獣の中でも弱い部類だ。
コカトリス・クラスのように飛ぶわけでもなく、オーが・クラスのように、破壊力があるわけでもない。
「ぬっふ。それでもお主なら楽勝だろん?
その気になれば、そいつらごと、この辺り一帯を焼け野原にすればよい」
言ってる意味が分かりません。
そんなことをしたら、自分もただではすまない。
酷い火傷で、1カ月ほど生死の境をさまようこと必至なのである。
特攻、自爆行為を楽勝と言ってはいけない。
「ぬう…………それでもお主、やると決めたら、やるであろう?」
「――――――――――――」
自覚はないが、覚えはあるので、とりあえず黙るしかなかった。