エリス=ライカ ①
「眠れねぇ……」
俺は六畳間の和室部屋で布団に入り、目を瞑っていた。しかし、眠気がまるで来ない。
どうやら脳に直接かたりかけてくる邪神ボイスの目覚ましが効き過ぎたようだった。
「……」
こちらの世界の太陽なるものが昇り始める。ここは最上階の17階。窓から壮観な景色が見渡せる。
仕方なく俺はまったく重たくない目を開け、身体を起こし、朝日が照らす学園の敷地を眺めながら、昨日職員室で貰ってきた缶詰を2缶開けて朝食を摂った。
うまい。
うまいが、たった二缶では、あまり空腹感は満たせなかった。
フランソワが朝食を別に持ってきてくれるらしいので、俺はそれまで我慢することにする。
時計の針が7時過ぎを指した頃。
早めに学園に来てくれたのだろうフランソワがかごにパンや果物を入れてやってきた。
朗らかな笑顔を見せるフランソワの登場によって、陰鬱になっていた俺の気持ちがどこかへと吹き飛ぶ。
「ぜんぜいッッ!!」
俺は叫びともつかない声をあげた。
「どう? よく眠れた~?」
フランソワが癒しの精霊のような優しい声を出す。
「あまり眠れなかったです」
「お腹すいて眠るの大変だったんじゃない?」
「その通りです」
俺が頷くと、フランソワは笑った。
「ふふ。じゃあ、朝ご飯、ここに置いて置くわね?」
「あじがどうございまずッッッ(むせび泣き)!!!!!」
「いえいえ」
フランソワは入り口近くの畳にかごを置くと、職員室へと戻っていってしまった。
俺はそれを食べて一息ついた。
時計の針が7時半を回り、準備を済ませた俺は何もすることがなくなったので、もう教室に向かうことにした。
「確かここだったよな……」
廊下端の魔方陣で4階まで降り、教室の扉の上にかけられているクラスの表札を見て、俺は呟いた。
「……」
扉越しに気付く。教室内には、既に1人の生徒が居た。教卓の上の花瓶に花をさしている。
もうこの学園に登校している生徒がいるのか……。
一瞬入るのをためらうが。
「まぁいいか……」
別に人がいても構わないだろう。教室なのだし。
そう思うことにし、俺は扉を開けると、教室内へと足を踏み入れた。
ガラガラガラ……。
ガタガタッ――!!
「――――っ!?」
中にいた、金髪ツインテールの女生徒がビクッとして俺を振り向いた。俺の登場にそんなに驚いたのか、びくっとして膝をかくつかせ、一歩後ろに下がる。事態が飲み込めていないかのように口を開け、口元を震わせていた。
……驚きすぎだろう。
「お、おはよう」
そう思いながらも、俺はとりあえず挨拶した。
ガタッ――。
「――――っ!」
「……なんだよ。置物がしゃべったみたいな顔しやがって」
俺は皮肉混じりに言ったが、女生徒は動かず、ただじっと俺を見つめているだけだった。
「朝、早いんだな」
俺は話し掛けた。
「――――っ!」
ガタッ。
「だから、なんだよ……」
俺は聞くが、女生徒はその質問には答えず、別の言葉を発した。
「お、おとこ……っ」
「……」
女生徒は目を合わせたまま硬直している。両脇のリボンがかすかに揺れる。
「……そうだが?」
「おとこ、なんで、ここ、いる……」
片言でしゃべる。
宝石のような紫の丸い瞳が俺を見据えていた。
「なんでって……俺がこのクラスの生徒だからだ」
俺は言う。
「ふぇ……?」
女生徒は、意図が飲み込めていないかのように変な声を出した。
もしかして、俺がこんな朝早くに来たことに対しての疑問だったのだろうか?
「今日は、たまたま早起きだったんだ」
俺は呆然としたままの女生徒に近付かないよう、扉から一歩入った場所から回れ左をし、ある程度の距離をとったまま、自分の机まで歩いて行き、スクールバッグを置いて席についた。
女生徒はいまだに固まっていた。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
「教室に入らず、引き返していた方がよかったか……?」
俺は窓の外を見ながら悔いる。
「花を、生けていたのか」
沈黙に耐えきれず、俺は性懲りもなく女生徒へと話し掛けていた。
「……」
だが、何も返さない。微動だにしない。
「……」
10カウント以上待ってみるが、返事はなかった。
「……」
もう限界だ。
話し掛けようにも、返事をしてくれる気配がない。
途方に暮れて、俺は突っ伏した。
絶対領域。俺の分厚く頑丈なATフィールドは今ここに完成される。
俺はこの牙城に引きこもる。
もうこの牙城は、誰にも崩させはしない……っ!
「おい」
少しして、向こうから高いトーンの声が流れてきた。
「……?」
絶対防御を、あっけなく一度解いた。
視界が開くと、先ほど教卓の前にいた女生徒は、レレイナ=クラウンの右隣の席で突っ伏していた。
「私は……花を生けていない」
突っ伏したまま、女生徒は言う。
「あぁ?」
「これは、私じゃない」
「……そう、なのか」
「……それだけ」
「あぁ……?」
何が言いたいのか、俺にはよくわからなかった。
「そんな面倒くさいこと……私はしない」
金髪ツインテールの女生徒は言った。
「へぇ……そうかよ」
「……」
それっきり、女生徒はしゃべらなくなった。
俺もまた机に突っ伏す。
時間が過ぎ、生徒達が集まってくる。来る生徒、来る生徒、みなが同じように俺を一瞥して、席についていく。
「あぁ……」
俺はため息をつかずにはいられない。
また始まるのか。
長い長い一日が。また始まるのだ。
女生徒共の視線に晒されながら送る学園生活が。
俺は嘆息する。
フランソワが元気に教室に入ってくる。
いったいいつ、俺はこの視線の牢獄から抜け出すことが出来るのだろうか。
「それではHRを始めます!」
俺はそう考えながら。
「起立!」
周りの椅子を引きずる音に合わせて、席を立った。