ルートオブアーシャ アーシャ、泣く
「だーめー!」
4限の進路面談が終わり、と言ってもまだ途中までしか終わっていないが、とにかく昼休みになった。
左隣にいたはずのロクヌイは、進路面談でベリエール先生にきつく言われてしまったらしく、ベリエール先生と揉めたあげく、家へと帰ってしまった。
そして昼食時。
俺の膝上には銀狼のロムウルムゥが座り、そのロムの身体をアーシャが引きずり下ろそうとしている。
どうやら4限に引き続き、この時間も、このクラスではまた、もめ事が勃発してしまっていたのだった。
「いや!」
ロムが机にしがみつきながら言う。
「今日は、アーシャが座るの!」
昨日に引き続き、健気にも俺の元へと来てくれたアーシャがロムを引っ張りながら言う。
「だめ……!」
しかし、ロムも引き下がらない。
引きずり下ろせないアーシャは、今度は、無理矢理俺の膝の上に乗ろうとしてきた。
ロムは必死に机にしがみつくが、押し出されるようにして俺の膝下へと転げ落ちてしまう。
俺のあごにさわさわと当たっていたロムの犬耳が、アーシャの柔らかいツインテールへと変わる。
「……」
その時、俺は、どうすればいいのかわからず、ただ流されるまま為されるがまま、無機質な椅子のようにその争いの行方を冷や汗かきながら見続けていた。
「余が座るの!」
「アーシャが!」
ロムがまた俺の膝にひしとしがみつく。しがみつき、アーシャを睨み付ける。
アーシャもまた、ロムを睨み付けていた。
とはいえ、左を見れば、先ほど帰ってしまったロクヌイの席が空いている……。
どちらかが、ロクヌイの席に座れば済む話ではないのだろうか……。
そう俺は思い、争う2人に提案を試みる。
「あ、あの……ロクヌイの席が、……空いてる……」
「だめ! アーシャの場所!」
「余の場所なの!」
「……」
……まったく聞いていなかった。
そうこうしている内に、今度はロムが飛びかかり、アーシャを押し出そうとした。
アーシャは必死に抵抗する。
もしもこの場にロクヌイがいれば、争いをしているアーシャとロムの仲裁を買って出てくれていたかもしれない。
しかし、今この場にロクヌイはいない。
なぜなら、ロクヌイは切れて帰ってしまったのだから……。
それならば、俺がこの場を収めればいいのだが、如何せん、好意を持って近付いて来てくれた2人を悲しませるようなことは言いたくはなかった。
出来れば悲しませずに2人を説得させたいが、何て言えばいいのか、今の俺には考えつかない……。
と。
俺が悩んでいると、ロムは争いをやめ、片目を押さえて叫んだ。
「痛い!」
「……!」
アーシャは攻撃が来なくなったのを好機と見てか、俺の膝の上に座ったまま、自分の弁当を広げ出す。
「……どうした?」
俺は片目を押さえて足下に座り込むロムに聞いた。
「指が目に入った!」
「……目?」
「そう!」
ロムは片目を押さえたまま、言った。
「大丈夫か……?」
俺は言って、ロムの小さい手をどける。
案の定、ロムの片目は赤く充血していた。
一方、アーシャの方は、自分の席を勝ち取ったことに満足したのか、気にせず食べ始める。
そんな無頓着なアーシャに対して、さすがに俺は言った。
「アーシャ……ロムが、痛いって言ってるぞ……」
「……?」
アーシャが小さく振り向く。
「アーシャ、ロムが痛いって」
「アーシャは、何もしてないよ……」
そう言って、アーシャは悲しそうにする。
悪気はなさそうだったが、そうだったのか、と納得して終わらせられるような状況ではなかった。
「でも、ロムは痛がってる」
「……アーシャ、知らない」
「……」
「それより、お兄ちゃん、早くアーシャと一緒にお昼ご飯、食べようよう」
アーシャは自分に向けられるその話題を嫌がってか、話を変えようと、控えめに笑って、言った。
その言葉に、俺は片目を押さえているロムを見る。
ロムは何も言わずに、ただそこに座っていた。
俺はロムが不憫でしょうがなかったため、仕方なく、アーシャに言った。
「アーシャ……ロムに謝れ」
「いや」
俺の言葉に、アーシャは即座に拒否する。
「……アーシャ」
「……アーシャ、悪くないもん!」
アーシャは口元を歪め、大きな瞳を潤ませる。
「……」
その悲しげな表情に、俺は一瞬、怯んでしまう。
考えてみれば、謝罪してばかりの俺は、謝れなどと言える立場にはない。
でも、だからといって、じゃあ食べるか、などと言えるような状況でもなかった。
この修羅場、どうすればくぐり抜けられる……。
俺が考えあぐねていると、アーシャは突然「もうやだ!」と言い出し、弁当を閉じ、膝から降りてしまった。
そして次の瞬間には、
「アーシャ、おにーちゃんなんて、もういらないもん!」
そう言って、アーシャは服の袖で涙を拭きながら、俺の2つ後ろの、自分の席へと戻っていってしまった。
「え……」
俺は、呆然とする。言葉を返す間もなかった。
そうしてそのまま、席につくやいなや、アーシャはもうやだ……と言って、涙に暮れた顔を隠すように、両腕で覆って顔を伏せてしまった。
「……え?」
俺は状況を整理することも出来ず、ただその結果だけが俺の目の前に降ってきた事実に、愕然とする。
やってしまった……。なにを……?
わからない……。
とにかくやってしまったのだと、意味もわからず、その時俺は、後悔したのだった。