アイ・シルフィー ①
昼休み終了5分前。
ぐーぎゅるるるるるぐるるるるるぅぅぅ――――――っっッ。
ぐるぐるぐるぐぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――――っッ。
俺は腹を抱えて自分の席でうずくまっていた。
「腹痛が痛ぇ……」
腹の虫が治まらない。
こんなことなら、伝説の勇者の娘とかいう、レレイナ=クラウンに食堂があるかどうか聞いておくんだった、と俺は思った。
あったところで、一文無しの俺に為す術はないが……。
真ん中の席にはすでにレレイナ=クラウンが着席している。
今から聞きにいく気にはならない。生徒は既にみな着席している。どうせまた注目されるに決まっている。
だが、感覚的にないだろう、と思った。案内されている途中、ほとんどの生徒はクラス内で弁当を広げて食べていた。
それに廊下を歩く生徒の数もあまり多くなかった。
……今日はもう、どうしようもない。
仕方がないのでさっき教室前の水飲み場で水をがぶ飲みしたが、あまり意味はなかったようだ。
むしろ腹が緩くなった。
腹をさすりながら、なんとか音が出ないよう工夫するが、どうしても鳴ってしまう。
「あぁ」
なんて日だ!!
某お笑い芸人を想像しながら心の中で叫んだ。
残り3分か……。
授業はあと2つ。
持ってくれるだろうか、俺の腹の虫。静寂な教室で鳴る腹の虫ほど精神を削り取る凶悪な虫はいない。そんな虫から耐え抜くのは知る人ぞ知る業だろう。
まあ、経験則から言ってそのうち鳴らなくなるとは思うが。
ん?
「……」
俺の隣に着席しているのは桃色の、肩上まで伸びたショートヘアの女生徒。長めの前髪。前髪のその両脇を、蒼いリボンで結わえている。その女生徒が何か言いたそうにこちらをちらちらと見てくる。
俺は多少ざわつく教室内で響かないよう小声で話し掛ける。
「なんだ」
「ぁ……」
話し掛けられ、長めの前髪を揺らしながら俯く。
「何か用か」
「……」
顔を真っ赤に染めながら、怯えた子鹿のように身体を震わせる。
未だに話し掛けられたのは担任のフランソワの提案により渋々手を挙げたレレイナ=クラウンただ1人。
やはり俺はほとんどの女子に嫌われているのではないだろうか……。
しかもこの女子は俺の隣の席。
この男早く死んでくれないかな、とか思いながら見られていた可能性だって十分考えられる。
「なんだ。用はないのか」
「……ぁ、」
「……」
「ぁ、ひょ……」
女生徒は俺とは反対の机脇にかけられていた自分のスクールバッグをごそごそと漁り出す。
なにをする気だ?
そこから取り出したものを俺に、無言で、俯きがちに、両手で差し出した。
「……」
「……、ひょのぅ、よよよ、よかったら、た、たたた、食べて……」
両手の上にのせられていたのは、銀紙に包まれた丸いものだった。
俺はそれを手に取り、銀紙の包みを開ける。
その中には米粒がひとまとまり、俗に言うおむすびなるものが入っていた。
「いいのか……?」
姿勢をすぐ前に戻した女子に向かって俺は聞く。
「た、食べきれなかったから……」
そう言って、桃色の前髪を揺らして小さな肩を丸める。
後光。
その女子から後光が見えた。
「うっ」
うれし涙が……。俺は熱くなる目頭を押さえる。
残り1分。
俺は一気に銀紙に包まれていた一握りのおむすびを飲み込むように食らった。
一瞬で食べ終えると、銀紙を丸め込み、
「ありがとう……!」
感謝の念を込めて頭を垂れる。
本当は、あじがどうッッッ(むせび泣き)!!!! これぐらいの感謝の念を込めていたが。
そこまでしたら俺の学園生活が本当に終わる気がして、止めた。
「……」
カァァァァァ、と女生徒の顔がさらに真っ赤になる。スカートの上に置いていた手に力が入り、小さな身体をさらに丸め込ませる。
態度と声には出さないが、謝意を受け取ってくれたことだけは確認できる。
「……私、アイ・シルフィー。よ、よろしくね……」
アイ・シルフィーと名乗る女生徒が顔を赤くしたまま、机を凝視し目を前髪で隠しながら、小さな声で呟いた。
「こちらこそ……よろしく」
俺も言い返す。
ちょうどその時。
教室の前扉ががらがらと開き、担任のフランソワが教壇に立った。
「それでは午後の授業を始めますっっ!!」
腹の虫はなんとか治まり。
午後の授業が始まった。