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その女、勇者の娘


「あぁ……」


四限も終盤に差し掛かっていた頃。黒板上の時計を見て終了を確信する。


ここまで長かった。

ここまで来るまでに、相当な精神が削られている。

目を瞑っていたからか、視界がぼやけている。

突っ伏していた机から少しだけ頭を上げ、目頭を押さえる。

この授業が終われば、やっと40分間の昼休みだ。

なのだが……。


「食事、どうするか……」


食堂はあるのか、ないのか。仮にあったとしても、この世界の通貨なるものを持っていない。

俺は煩悶していた。


そんな。いろんな意味で終わりの間際のことだった。


この授業も担当していた、というより、ずっと担当かもしれない担任のフランソワが唐突に、授業とは全く関係ないことを口にしたのだった。



「皆さん、ちょっと聞いて下さい!! この後はお昼休みになりますが、どなたか新しく入った“お友達”に、この学園を案内してくれる方はいませんか??」


お友達、という言葉に、がくり、と身体を大きく落とす。


おいおい……ここは幼稚園かなにかか……?




しーん。




静けさやー。などと詩人が俳句を読みたくなるような沈黙が教室を優しくなく包み込む。


「……」


……誰か! 誰かなんとかして……!

俺は周りからの冷たい視線を直に浴び、冷や汗をかきながら心の中で叫んでいた。


「おーい。誰かお願いだよー。おーい、誰かー。返事してぇー(冷や汗)」


フランソワが戸惑いながら生徒達に呼びかける。


「誰かいないのー? ふぇぇーん」


フランソワが鳴き声を出す。ちょっと今の可愛かった。



しーん。




名乗り出る者……なし。


キーンコーンカーンコーン、と鐘の音が鳴る。

タイムリミットが来たようだった。授業終了のチャイムが虚しく響く。


「……」


いいよ別に。寂しくなんか、ないし。

1人なんて慣れっ子だし。

俺は冷ややかな視線を浴びながら、いろんな汗をかきながら、己と葛藤していた。


「先生!」


その時、よく通る声と共に、真ん中の席にいた1人の女生徒が立ち上がった。

俺に向けられていた視線が、一斉にその女生徒へと移動する。

まさかと思いつつも、俺もその女生徒を見た。


「僭越ながら、不肖、この私がその案内役を務めさせて頂きたい」


その女生徒は毅然とした態度で言の葉を発した。

背中まで伸びた金髪が揺らめく。


雪国に降り注ぐ一筋の陽光。冷たく閉ざされた教室内が氷解していくよう。

そつのない洗練された立ち姿だった。


「はぁ……」


フワンソワがあっけに取られている。


「駄目、だろうか……」


女生徒が声色を落として言う。


「い、いえいえいえ! そんなことはないわ! じゃあ、よ、よろしくね!」

「はい」


フランソワは目を潤ませて言った。

その言葉に、女生徒がうなずく。


じくじく削れていく精神毒沼ステージの中で。

どうやら俺は、九死に一生を得たようだった。生き延びた、そう思った。



授業が終わると、生徒達は机を離れ、あるいはその場で、自由な行動を取り始めた。

先ほど俺の案内役を買って出た金髪の女生徒は、近くにいた黒い巻き髪の女生徒に話し掛けられなにやら口喧嘩を始めたが、先に話し掛けた女生徒はすぐどこかへと行った。金髪の女生徒はそれを見届けた後、踵を返して俺の元へとやってくる。


「ええっと、私の名前は、レレイナ=クラウン。よろしく」


レレイナという金髪の女生徒は、俺の前で立ち止まり、端正な顔を少しほころばせて言った。


「あ、ああ……」

「すまないな。あいつとは、仲が悪いんだ」

「そうなのか……」


俺はレレイナを見上げて言った。

まつげが長い。鳶色の瞳が光沢を帯びている。美人だった。ほんとこの学園は美人と可愛い子しかいないようだ。


俺は席から立ち上がると、レレイナの後について学園を回った。


「どうだ」


レレイナが廊下をゆっくり歩きながら後ろをついてくる俺に振り向く。


「やっぱ広いな」


扉越しにクラス内を軽くのぞく。俺の一つ下の生徒達がまばらに食事を摂っている。全員女子。


「全部で17階まである。学年毎に階が分かれている」

「へえー」

「私達がいるのは4階だな。そこから階が上がる毎に、年齢が若くなっている」

「若くって言われると、俺たちが老けてるみたいだな……」

「ふふ」


……笑った。俺はこの世界に来て、初めて笑顔を見た気がした。


「まあ、この学園でいえば、私たちは最上級学年の一つ下だ。言葉としては、それが妥当ではないか?」

「妥当、か……」


適当に相づちを打ちながら、俺はレレイナが笑ったことに愉悦を覚えていた。


「階段はないのか……?」


廊下の端に辿り着き、目の前の緑白い魔方陣を見ながら俺は聞いた。


「ああ。階の移動は、全部学園内に固定で設置されている魔方陣だけだな。それと、知っていると思うが、学園内では個人の魔方陣は使用できない」

「へえ」


確かに学園内で個人の魔方陣を使っている所は、今のところ見てない。

登校時も女生徒達は、学園外からわざわざ登校しているようだった。


階を二、三ほど順番に歩いて行く。


「男だ! 男がいる! うわー男だ!」


途中、廊下ですれ違う三学年下の赤髪ツインテールの女生徒に冷やかしを食らった。


「……」

「こら、見せ物じゃないぞ」


レレイナが代わりに怒ってくれる。頼りになる女子だった。

まあ、視線という名の冷やかしなら学園内のどこに行っても食らっているが……。


「大丈夫か? 顔色が悪いようだが」


レレイナに心配される。


「たぶんな……」

「そ、そうか……」


何か言いたそうにしていたが、レレイナは何も言わずに歩き始める。

自己紹介でやらかした俺にとって、これほど無言の優しさを感じた日はない。


「昼休みだけで全部を回るのは難しいな……」


レレイナは悩みながら言った。

食事を摂る時間がなくなってしまうので、レレイナと俺は最後に一番若い年齢の生徒がいる階まで飛ぶことにした。


魔方陣で14階まで飛び、その先の教室で目にしたもの。

それは。


「ロリだ……」

「ロリ?」


レレイナが首を傾げる。


「いや」


俺は口をつぐんだ。


「ここが私たちの通っている学園の中で、一番若い生徒達だ。年齢にして6~7歳。この辺りの学年はまだ、学校指定のブレザーだなんだは関係なくなるな」

「やっぱりここも女生徒しかいないのか」

「そりゃあな」


レレイナは笑う。


「男はもう絶滅危惧種だ。数十年前から生まれてないと聞いてるが……」


レレイナがごにょごにょと口を濁す。


「いるな」

ここに。俺は言う。


「そ、そうだな……」

レレイナが何の前触れもなく顔を赤らめる。

「なんだ」

「いや……」

レレイナがもじもじとし始める。

「実はな、私の父親は伝説の勇者なんだが」

「!?」


何の脈絡もなく、いきなり突拍子もないことを言ってきた。俺は大げさに口を開ける。


「いや、やっぱり何でもない。さ、さて、それじゃあ戻るとするか!」

「……」


レレイナは大きく伸びをすると、魔方陣の中に消えていった。

……。

いや、気になるんだが。

俺は呆然と、その場に立ち尽くしていた。




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