転入初日からクラスメイトに遠巻きに見られる
一陣の春の風が吹く。桜の花びらが舞っている。
見上げるほどの、城めいた白く巨大な学園に、ぞくぞくと生徒達が集まってくる。
その学園前に、俺は立っていた。
学校指定のブロンド色を基調とした真新しいブレザーに身を包み、手には新調した皮のスクールバッグ。バッグの中にはこちらの学園で使う教科書が入っている。
これらは全て、邪神が事前に用意していたものだった。
「天上私立心遠学園、か……」
天上私立心遠学園……。
校門前の表札を見ながら、俺は呟く。
学園の周りには、一面の草原以外、何もない。ただ広大な真緑の草原の中に、学園と、学園の敷地、そしてその周りをそれほど高くないレンガの壁が取り囲み、錆のない鉄の校門が番人の如く厳かに構えている。
「こいつらみんな、魔方陣使えるのかよ……」
周りの生徒達はどうやら様々な魔方陣を使って登校しているようだった。色とりどり、大小様々の魔方陣が辺りの地面に浮かび上がり、そこから様々な髪色をした女子生徒達が登場し、さも当然のように歩いて行く。さすが魔法の世界。
ちなみに、俺も魔方陣を使える。というか、使えるようになった。
こっちの世界に来てから、どうやら親譲りの魔眼が覚醒してしまったらしい。発動すると、右目が赤く光る。俺はこれでこの学園前まで飛んで来たというわけだった。
「……」
周りの生徒達が通りすがりに俺を奇妙な目で見てくる。
見知らぬ顔だからだろうか。それとも……。
「しかも、全員……女子」
……俺が男だからなのだろうか。
なんでか知らないが、来る生徒、来る生徒、全てが女子だった。出てくる男は1人もいない。
もしかすると、この学園は女子校なんじゃないだろうか……?
「……」
俺は目の前が真っ暗になった。
校門をくぐり、昇降口前に貼られていた学園内地図で職員室を確認する。職員室は二階にあるらしい。
靴を脱ぎ、新しい室内シューズに履き替える。
ここでも俺は、年も背もバラバラな女子達にじろじろと、まるで檻の中で暴れ回るゴリラでも鑑賞するかのような目で見られていた。そんなに俺が不思議か……。
廊下を歩いていくと、前を行く女子生徒たちが次々に廊下端の魔方陣へと入っていく。廊下の両脇を見ても、階段は見あたらない。階段はないのだろうか。
とりあえず俺も、二階を念じながら魔方陣へと入っていった。
魔方陣を抜けると、少し行った右側に職員室の表札が上に見え、職員室前には1人の美人教師がデートの待ち合わせでもしているかのように、浮き足立って待っていた。カジュアルな服装をしており、巨乳で、丸めがねで、肩下ほどまでのゆるふわ茶髪で、童顔だった。
その先生は俺に気付くと、ドキドキが俺に伝わってくる程緊張した様子で、俺と向き合う。
「はははははは、はじめましてっ!!! わわ、わたしがあ、貴方の担任で、フランソワ・ポポポポポポロといいい、言いますッっっ!!!!」
フランソワポポポポポポという先生はかみかみで挨拶をした。
「ぽ……ぽぽぽ?」
俺は、今頃転入生の自覚が沸いてきて、腰が浮いたような気持ちになりながら、目の前の頭一つ小さい担任に聞き返した。
「ポ、ポポロ、です! ご、ごめんなさい、緊張しちゃって」
若い男の子なんて初めてだから、そう言いながら担任が今にも泣きそうな目で頭を垂れる。
「いいですけど……大丈夫ですか?」
……いろんな意味で。
「ほんとにご、ごめんなさい!! うぅ……」
「……」
……おいおい。この担任マジ泣きしてるんだが。
丸眼鏡を外し目に溜まった涙を拭う先生を見ながら、俺はしばし呆然とする。
お化粧に時間をかける彼女を首を長くして待つ彼氏のように俺が待っていると、しばらくして、それはだいぶ治まったようだった。
「では、教室に行きましょうか」
「はい」
担任のフランソワは目の端の涙をぬぐいながら、俺を先導していった。
「……うっぷ」
「大丈夫? 体調悪い? 悪いなら今すぐ保健室行く?」
教室前。
先ほどとは打って変わって、俺が先生になだめられていた。
「転入って、けっこうクるものがあるな……」
緊張感が高まる。腰が浮くような感覚。心臓がバクバク言っている。これから俺は、この教室で過ごしていかなくてはならないのだ。なにが嫌かって……全て嫌だ……!!!
この、得も言われぬ罰ゲーム感。
ここに来るべき場所ではないかのような、場違い感。
全てが俺の身体にもたれかかってくる。
しかもここには、女子しかいないんだろう。
そんな中で、俺は、本当にやっていけるのだろうか。仲良くできるのだろうか。はぶられるのではないだろうか。はなはだ不安だった。
「先生。俺、駄目かもしれない」
そんな自分の負の思考に押しつぶされそうになるのに耐えられず、俺は先生に弱音を吐いてしまっている。
「なに弱気になってるの! 男の子なんだから、もっと胸張って堂々としていればいいのよ!」
「でも俺は……先生のような堂々とした胸を持っていません……」
「ええぇぇ!!?」
俺の少しユーモアを込めた返しに、カァァァァァァ、と担任の顔が赤くなる。
「駄目よ、そんなの!」
「……」
「そうよ! 駄目なのよ! じゃあもう入るわよ! 私が合図するまで入って来ちゃ駄目よ!」
そう言って、なにを考えたのか、顔を真っ赤にさせ、頭から湯気を立ち上ぼらせ、担任のフランソワは目をぐるぐるさせながら教室の扉を思い切り開けて入っていってしまった。
……先生。開けたら閉めてください。
俺はとっさに扉の影に隠れた。
朝のHRが始まり、朝の挨拶が終わった後、すぐにフランソワに俺の名字が呼ばれる。
俺は扉の影で息を整えるが、緊張が収まらない。腰に飛ぶ風船が備え付けられているよう。
ごくり、と唾を飲み込むが、喉が渇ききっていて上手く飲み込めない。
どくん、どくん、と心臓が高鳴る。
こんな経験、この年ですることになるとは思わなかった。それくらい、ドキドキしている。
俺は、やっとの思いで一歩、教室の中に足を踏み入れた。
がちがちになりながら、なんとかフランソワの隣に立つ。
どこを見たらいいのかわからない。クラスの女生徒達が、いっしんに俺に視線を集めている。
クラスの女子達は、黙って大人しく座っていた。いろんな髪色の、いろんなやつがいた。言っちゃ悪いが、全員可愛かった。
「では自己紹介お願いします」
フランソワが俺を見て、俺に自己紹介を求める。
やばい……何も思いつかねぇ……。
どくり。
どくり。
どくり。
「俺は……」
とにかく、のどから声を絞り出した。
俺は……。
俺は……。
俺は……。
……その後のことは覚えていない。
気付いたら朝のHRが終わっていた。
俺は、窓際の一番後ろの席でぐったりしていた。
周りの視線が痛い。
女子共が俺を遠巻きに見つめている。
……真ん中じゃなくて、よかった。
自己紹介の後、フランソワが神か何かに見えたことだけは覚えている。