美女と一緒に一瞬で登校、しない
「よっ」
俺とじいさんが囲炉裏のある和室で朝食を済ませ、お茶で一服していたら、そいつはやってきた。
金茶のブレザーに身を包み、長い金髪がしなやかに揺れる。じいさんの孫、レレイナ=クラウンだった。
「よ」
湯飲み片手に挨拶を返した。廊下からレレイナが入ってくる。黒いハイソックスに覆われた美脚が目の前に来る。
「しっかりくつろいでいるみたいだな」
レレイナが満足そうに言う。
「まぁな」
俺は姿勢を崩して茶をすする。
「うまいぜ、じいさん」
「おうよ」
じいさんも味わいながら茶をすする。
はは、とレレイナが笑う。
「どうだここは。気に入ったか」
「気にいったといえば、気にいったな」
「ふふん。それはそうだろう。なにしろここは、私のお気に入りの場所なのだからな」
レレイナが鼻高々に言う。
「嬉しそうだな」
「ああ。ここは私の実家のようなものだ。それを褒められて嬉しくないやつがあるか」
「なるほどな」
レレイナが頬を薄く染めている。レレイナが可愛かった。
「ではそろそろ行く準備をしてくれ」
レレイナが言う。
「わかった。いっしゅん待っててくれ」
俺は空になった茶飲みを囲炉裏そばに置くと、自分の部屋にスクールバッグを取りに戻った。
「じゃあ、行ってきます」
俺が玄関に行くと、レレイナは自分のじいさんに挨拶をして宿屋を出た。
俺も後をついて行く。
「孫と仲良くしてやってくれよ」
出際、じいさんに言われ、俺は振り返る。
「……もち。むしろ、こちらこそ、ご迷惑おかけします」
「ああ」
じいさんは穏和な表情でうなずいた。
俺は親指を立てて玄関を出た。
「人は少ないが、落ち着いていて良い場所だろう」
レレイナは村を歩きながら言う。
「そうだな」
俺はレレイナの斜め後ろを歩きながら言った。
レレイナが不満げに振り返る。
「もう少し早く歩けないのか?」
レレイナは不満をこぼす。
「俺は普通だ。お前が早いだけだ」
俺は言い返す。
「そ、そうか」
レレイナが折れる。
レレイナが歩く速度を落とす。
俺とレレイナが並んだ。どきん。その時俺は異性を意識してしまう。
正常だった鼓動が、多少乱れる。
今まで経験したことのないもやもやとした、やり場のない、やりきれない、どこを見ればいいのかわからない、そんな感情が俺の胸を叩く。気恥ずかしい、わけのわからない感情が、のどをわき上がるような感情が、息を苦しくさせる感情が、俺の胸の内を流れ始める。
「というか、どこまで歩く気だ? 魔方陣はいつ使うんだ」
俺はその煩わしくももどかしい感情をはき出すように、それをごまかすように。今すぐこの場を逃げ出す口実を考え、思いとは裏腹の疑問を浮かべ、それをさせている当人に、問いかける。
「さあな」
隣の美女が俺を振り返った。艶めく長い金髪が風になびく。
「どこまで歩く?」
俺をからかうように。俺の心を見透かすように。
そいつは頬を染め、俺に笑いかける。
「なんだよ」
こいつは、なにかを知っている。
俺は、その答えを求める。
「……いや、こういうものなのかと思ってな」
そいつは何かを掴もうとしているかのように、言った。
「なにがだ」
「私にもわからない」
「……意味がわからない」
「私もだ」
ただ歩いていた。
それが必要かと言われれば、必要ではない。
この村は学園内とは違う。使おうと思えば、どこでだって使えるだろう。
一瞬で、学園前に到着するはずだ。
だがこの伝説の勇者の娘はそれをしない。
宿屋のじいさんの孫はそれをしない。
隣の美女はただ歩いている。
レレイナ=クラウンは俺の隣を、俺の歩くペースに合わせていた。
なぜかは知らない。
俺にもわからない。
ただ一つだけわかることがある。
歩いていたい。
ただ俺は、そう思っていた。
心の底から、そう思っていた。
だが同時に、早くこの場から逃げ出したい、そうとも思っていた。
このむずがゆい、こそばゆい、はがゆい思いから逃げ出して楽になりたい、そうも考えていた。
そしてそれは、伝説の勇者の娘も同じ考えであるようだった。
答えが出ないまま、しばらく俺と伝説の勇者の娘は村の中を歩き続け。
時間が許す限りそうしていたいと思いながらも。早くこの場から逃走したいと考えながら。
村の端まで来たところで。何を言うでもなく、魔方陣へと入って、学園の校門前に、俺と、レレイナ=クラウンは到着した。