いいないいなお家に帰ろ
「俺はどこに帰ろう……」
外を見ながら思案に暮れる。6限目終盤。教室の中は既に帰宅モードの気配で溢れかえっている。
俺の帰るはずだった邪神の部屋は邪神の手によって破壊された。だからもう帰る場所がない。
昨日俺は職員室に殴り込みをしかけ、結局、その日はベリエール先生の配慮によりこの学園に泊まらせてもらい、フワンソワ様の有り難いお心遣いによって空腹に癒しを得た。そうしてなんとか一日を終えることが出来た。
そして今日、俺は帰る家がない。「はぁ」俺は悩みがつきない男。
そして今日、俺は帰る家を探している。「ひぃ」俺はホームレス高校生。
二日連続で学園に泊めて貰うことも出来るかも知れないが、臭い。ただ臭い。闇雲に臭い。なにしろ俺は二日続けて風呂に入っていない。いい加減で風呂に入りたい。いや、風呂じゃなくてもいい。シャワーでもいい。シャワーじゃなくてもいい。なんでもいい。とりあえずべたついた髪と異臭のこびりついた身体を洗い流したい。清潔な身体を手に入れたい。あと腹一杯なにかを食べたい。
俺はHRのフランソワの話を聞き流しながら、新しい住みかについて考え始めた。
「では、今日もお疲れ様でした!! 気をつけて帰ってね!! 起立!」
フランソワの話が終わる。
ガラガラガラ。
「帰る家がない俺は、どこに帰ればいいですか」
帰る家があるフランソワに向かって、俺は引く椅子の音に紛れて小声で問いかける。
周りの椅子を引く音に合わせて席を立つ。
「礼!」
さよならー。
周りの生徒達が蜘蛛の子を散らすように教室を出て行く。
俺はそれらを遠目に見つめながら再び席にどかりと腰を降ろした。
「いーいーなーいーいーな人間っていいな」
俺は自虐まじりに昔懐かしソングを口ずさむ。上の空だった。行く当てもない。
俺はとんだボケ野郎だな。
自分で思う。昨日今日の自己紹介といい、阿呆だ俺は。邪神にこの異世界に連れてこられた日でさえ、俺は何も考えていなかったような気がする。
「ボクも帰ろうどこに帰ろう」
俺は口ずさむ。
「どうした。帰らないのか?」
俺が上の空で懐メロを口ずさんでいると、すぐ隣から通った声が俺の耳に入ってきた。
隣を見ると伝説の勇者の娘、レレイナ=クラウンが凛とした顔をまっすぐに俺に向けて立っていた。
「俺はホームレス高校生。帰る場所は拾った段ボールの中かもな」
「はは。それはなんの冗談だ?」
伝説の勇者の娘がぷっとおかしそうに笑う。
「冗談、か。そうだな。俺は冗談を言ったのかもしれない」
「おかしなやつだな。だったらどうしてお前は帰ろうとしない?」
伝説の勇者の娘が笑ってくれる。俺を。
「なあ」
俺は伝説の勇者の娘に問いかけた。
「なんだ?」
「俺はどうしたらいい?」
「? なんの話だ」
伝説の勇者の娘が目をぱちくりさせる。
「俺はどこに帰ればいいんだ?」
「そりゃあ……自分の家に帰ればいいんじゃないか?」
「俺の家は破壊されたんだ」
「んん?」
「俺は途方に暮れている」
「そう、なのか……?」
「ああ」
伝説の勇者の娘の頭にハテナが渦めく。
「俺は本当に帰る家がないんだ、伝説の勇者の娘よ。そんな貴殿に相談がある。俺は、いったい全体この後どうしたらいい」
「ふむ……」
伝説の勇者の娘は何を思ったか神妙な面持ちで俺を見つめる。
「大丈夫か?」
「頭が?」
「ああ」
「そう思われるのも無理はない。だがこれは本当なんだ。俺は帰る家をなくした」
「へぇ」
「トラストミー」
「ふむ。……わかった。信じよう」
「サンクユー」
伝説の勇者は思案をめぐらし始める。
俺は伝説の勇者の娘に解決策を求める愚か者。でも仕方がない。俺はそうしないと生きていけない。
「金はあるのか?」
「金か。金はないが金なら腐るほどある」
俺は親指を立てる。
「まことか」
「まことである」
「それならば私に考えがある。なるべく金はかけさせない」
「ほんとか」
「ああ。私と一緒に付いてきてくれないか」
「そこには風呂はあるか」
「風呂? 風呂ならあるが……」
レレイナが口をへの字に曲げる。
「そういえばお前の頭、ぐっしょりして」
「え!? 何だって!!!!!!!!!!!!?」
「どうして慌てる」
「え!? 何だって!!!!!!!!!!!!?」
「おかしなやつだな……」
「早く行かないかい?」
「お、おお。そうだな」
俺は颯爽と立ち上がり、レレイナを押して学園の外へと向かった。
学園外に出ると、レレイナは呪文を唱え目の前に紫色の魔方陣を出現させる。
「入れ」
レレイナの言葉に俺は従った。
入った魔方陣の先には、村があった。小さな藁葺き屋根が連ねる質素な村だった。
「ここに、住んでるのか」
「ああ。驚いたか?」
「まあな」
伝説の勇者の娘というからにはどっかの帝国にでも住んでるのかと思ったが。まあ、驚きはしなかったが。
意外ではあった。
俺とレレイナは村を歩く。村にいるのはじいさんばあさんばっかだった。
「この先に慎ましやかな宿屋がある。こんな辺鄙な村だ。客足はほとんどないが、その代わり懇意にしてくれるだろう」
「ほんとか」
「約束する」
レレイナは断定した。何か嫌な予感がする。
「ここだ」
しばらくして、レレイナは足を止める。俺も止まった。
目の前には二階建ての大きな建築物が建っていた。わらぶき屋根ではない。土壁で作られた普通の宿屋。玄関上に『宿屋』と書いてある。
「宿屋だな」
「ああ。入るか」
レレイナは慣れた足取りで普通に入っていった。俺も中に入る。
「ただいまー」
「あぁ?」
玄関内で立ち止まると、レレイナは廊下に向かって叫んだ。
今こいつ、ただいまって言った?
「おぉ、おかえりぃ」
渡り廊下の奥の部屋からよぼよぼのじいさんが出てくる。禿げていてだぼしゃつを着てステテコを履いて腹巻きを巻いている。
「今帰りました」
「うむ。して、その隣にいる若いお、お、お、お、男!??!?!?!?」
じいさんが素っ頓狂な声を上げる。
「はい」
「こ、こんにちは」
「おぉ、もしや君がレレイナの言っていた……」
じいさんが目を見開いて口をあんぐり開けている。
「新しく転入してきた私のクラスメイトです」
レレイナは言った。
その後。
「男がこんなところになんの用じゃ-!!! 娘に近付く男は誰だろうが許さん!!! とっとと出ていけえー!!!」
などとは言われず。
じいさんは「そうか」と言ってそのまま奥へと引っ込んだ。
レレイナは俺を振り返り、じと目で言った。
「言っておくが、あの人は私の父さんではないぞ。あの人は私のおじいちゃんだ」
「あぁ……」
レレイナは背中まで伸びた金髪を振って背中を向けると、俺を二階の一室へと案内した。
「金は後でいいからな。あと、何か質問はあるか? ないならもう行くが……」
「行くのか……」
「なんだ? 私が行ったら寂しいか?」
「うんん、べ、別に」
「へぇー」
「なんだよ」
「ははは。 ……ああ、夕飯は心配するな。朝夕食事付きだ。では、私は家に帰るからな」
レレイナは含んだ笑みを浮かべながら、背中を向けた。どうやらレレイナはここには住んでいないらしい。
「ああ、そうだ。お前、今日、アイに弁当を分けて貰っていただろう」
レレイナが思い出したように振り返る。
「っ!? だ、だからなんだよ……」
「ついでだ。明日は、私が弁当を作ってきてやる」
「……え。いいのか」
「私はどちらでもいいが」
「ぜび、おでがいじばずッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「ははは。物わかりの良いやつだな。じゃあまた明日な」
「あじがどうッッッッ!!!!!!」
俺はうれし涙に嗚咽を漏らしながら四つん這いで吐いた。
「喜びすぎだろ……」
レレイナが引いている。
よかった。
明日はアイ・シルフィーの食事を強奪するようなマネをしないで済みそうだ。