クク・エクレー ②
「ぐがー……ぐー……、…………―――はっ!」
耳に入ってくる、再びの喧噪によって俺は目を覚ます。
口から出ていたよだれを拭い、机に垂れていたよだれをなんとはなしに拭う。
ぼんやりとした意識のまま、顔を上げ、黒板上の時計を確認する。
気付けば、2限が終わっていた。
「っ……痛てててて」
首が痛い。周りを見回そうとした瞬間、激痛が走り、首が動かせなくなる。
俺は首の辺りをさする。どうやら無理な体勢で寝ていたせいで、首に負荷がかかっていたようだった。
……やべぇ、前が向けねぇ……。
右を向いたまま、動かせない。
右には、桃色ゆるふわロングのクク・エクレーが茶色い熊のぬいぐるみを抱えたまま、顔だけを俺に向け、不思議そうに俺をじっと見ていた。
桃色の大きな瞳が、上目遣いに俺を見つめる。
「……」
「ふみゅみゅ」
ククは俺と目が合うと、ふみゅみゅと言いながらぬいぐるみに顔を埋めた。
そして再び、ぬいぐるみから顔を出し、あごをくっつけた状態で、俺と目が合う。
「……」
「……(じー)」
ククと目が合うこと、十数秒。
俺はどうしたらいいのかわからず、しかし顔を前に向けることも出来ず、俺は右を向いたまま、ククと目が合ったまま。
そうしている間にも、少しずつ首痛が浸食してくる。首が攣ってくる。
「……(いてぇ……)」
「……おくび、いたいの?」
俺が苦痛に顔をゆがめると、ククがそれに気づき、甘い癒し声で、首を傾ける。
「……ん? あ、ああ。痛い」
俺が声をかけるより先にククが話し掛けてくれたことに少し驚きながらも、俺は首の痛みに耐えながら、返した。
「だいじょうぶぅ? あ、そうだ!」
口を横に引いたような甘ったるい言葉で俺を心配すると、そうだ! と言って立ち上がったかと思えば、俺の方に一歩近付いた。
ククの幼く愛嬌のある顔が近付き、俺はドキリとする。
「え、あ、……なに?」
俺はドギマギしながら聞いた。
「あのね~」
満面の笑みで立つククは、手に持っている茶熊のぬいぐるみを俺の首へと近づけていった。
「こうやってね、いたいいたいの飛んでけ~って言ってなでなですると、いたいのが飛んでいくんだよ~」
言って、ククはぬいぐるみの手の部分を、俺の首筋に当ててなでなでしてくる。
「あ……っ」
ぬいぐるみの生地は柔らかく、なんと表現すればいいのか、しょわしょわとしたなで回しで、く、くすぐったい……あ、あひ……。
「くしゅぐったかった?」
ククが慣れない口の動きで、くしゅぐったかったと聞いてくる。か、かわいい……と思ったが、俺はそれを口にするのがはばかられ、喉の奥に押し込める。
「あ、いや……大丈夫」
俺は手のひらを軽くあげ、大丈夫の意を表する。
「よしよし」
ククはぬいぐるみの手を持ち上げて、首の辺りをよしよしとさする。
「はい。これでなおりましたよ~」
ククは看護婦のように言って、ようやっと俺の首からぬいぐるみの手を離した。
俺は首を少し前に向けてみる。
激痛が走った!
し、しかし……せっかくククが、俺を治してくれる呪文をかけてくれたのだ。
ここは、治ったことに、しておくか……っ。ああやっぱ無理。
俺は無理矢理顔を前に向けようとして、またすぐ右に戻し、言った。
「ああ……ちょっと治ったかも。ククのおかげだ。ありがとう」
「うん♪」
ククは俺の首が治ったことに笑顔を浮かべる。
どうやら、ククは喜んでくれたようだった。