人見知り娘と始める1年生生活
「……」
天上私立心遠学園、校門前。
魔方陣から出てきた俺は、太陽の昇る上空を一瞥すると、昇降口へと向かって歩き出した。
俺は今日もこの異世界の学園へと登校する。
校門をくぐり、昇降口を抜け、脱いだ靴を下駄箱に入れる。
踏みつぶした上履きのかかとをしゃがんで立てると、立ち上がり、新たな教室へと向かう。
小学1年生。6才~7才クラス。
俺は今日から2クラスある内の1クラス、アオウ先生が受け持つ教室で一週間を過ごすことになっていた。
どうして俺がこんなクラスをたらい回しにされるような校長先生の提案を受けてしまったのか、それは、自分という何かを変えたいと願ったからに他ならない。
何かとは何か。それは……まぁいろいろある。まずはイムルに言われた積極性。あとは……なんだろう。わからない……。
わからないが……とにかく、俺は自分を変えたい。自分で自分を押さえ込んでしまっているような、そんな性格を変えたい。自分から話し掛け、友達を作りたい。この学園で、もう一度やり直したい。この際男じゃなくてもいい、同級生じゃなくてもいい、俺は人に優しくされたい。優しくされるには、人に優しくするしかない。待ってるだけではいけない、自分から行動しなければならない。
……俺はもう、あの頃の、あんな冷めた学校生活は御免だ。冷めた視線も御免だ。冷めた関係も御免だ。
だから、俺は。
「……」
廊下端の緑白い魔方陣を抜け。念じる、1年生の教室がある14階へと。
俺の姿は1階廊下から消失し、抜けた先には14階の廊下があった。
先の教室上のかけ札には1年の表示がある。俺は自分の過ごす教室へと向かう。
「……?」
廊下の先、自分の入る教室前の扉には、1人の女生徒がいた。
ライム色でショート、片側サイドを小さく結んだ、俺の背の半分ほどしかない、小学1年生の幼女。
ライムロファが、口元に曲げた人差し指を当て、扉と向かい合わせで立っている。
なぜ入らないのか。
入れないのか。
それとも、先生が来るのを待っているのだろうか……。
声をかけるべきか、そう思いながらも、俺はその横を通り過ぎ、後ろの扉から入ろうとしている。
違う、それでは駄目だ。
積極的になるんじゃなかったのか、そうは思うも、またいつもの悪い癖が出ている。
また俺は、そんな自分が嫌になっている。
「……あぁ、駄目だ」
雑念を振り払う。躊躇を、狼狽を、戸惑いを。
俺は引きかけていた引き戸から手を離すと、ライムの立っている前扉へと引き返した。
喉を鳴らす。
避けられるだろうか。無視されるだろうか。そんな思いが頭をよぎるが、たかが1年生。俺の、いくつ下だと思っている……。
そう考え、俺は思考を止める。
「……入らないのか?」
俺は意を決し、ライムに聞いた。
「……」
しかし、やはり、ライムは答えない。
ライムは俺の問いかけにびくりとするが、顔は扉を向いたまま。
……だが、こんなことで屈するわけにはいかない。
俺は再度、話し掛ける。
「……入りたくないのか?」
「……」
ライムは答えない。
答えないが、待っていると、ライムは首を小さく横に振った。
入りたくないわけではないらしかった。
中では、すでに生徒たちが集まり、あとはチャイムが鳴り、先生が来れば朝のSHRが始まるだろう。
やはり、先生が来るのを待っているのだろうか。
それも、毎日……?
「……」
……そういえば、フーレデラ校長は、ライムには友達がまだ出来ていないと話していたが。
……俺もこのクラスには、まだ友達がいない。
「……ライム」
俺がライムを呼ぶと、ライムはびくっとして俺を振り仰いだ。目元が、うるうると濡れていた。
……。
俺が、泣かせた……?
いや、そんなはずは……。
とにかく、俺は咄嗟にしゃがみこみ、視線を落とした。
背が高すぎて、恐がらせてしまったのかもしれない。
「……泣かないでくれ」
言って、俺は、ない脳で必死に考えた末、ライムの頭をなでる。
友達になろうとした矢先に泣かれてしまっては、俺の立場がなくなってしまう。
しばらくなで続けていると、ライムの涙が引っ込んでいく。
……よし、良い子だ。
俺がライムを泣かせているところを先生に見られてしまっては、事だ。
「……あの、ライム」
「……」
「……」
ライムが喋らない。
相当だな……。
だがしかし、ライムも、喋りたくなくて喋らないわけではないのだろう。
そう信じよう。
そう信じ、俺は言った。
「……ライム、俺と、友達になってくれないか」
「……え?」
「……うん」
ライムが喋った。初喋り。声は高く、可愛らしい。
俺は感動した。しかし、時間がない。
「……俺は、まだこのクラスに来たばかりで、友達がいないんだ。だから、入りづらいんだ。だから、友達になってくれると、助かるんだが」
俺は言った。恐がらせないよう、慎重に。
「……え?」
「……?」
ライムが聞き返してくる。
「……ライム、お友達になって」
「……」
ライムの目が大きくなる。数呼吸、時間が止まったように動かなくなる。
俺は焦り始める。
「……駄目?」
「……(ブンブン)」
ライムは首を大きく横に振った。
「……じゃあ、いいの」
「……うん」
ライムが頷き、うんと喋る。
俺はその言葉に、安堵すると同時、キーンコーンカーンコーン、と室内チャイムが鳴り響いた。
廊下端の魔方陣から、黒髪ロングポニテのアオウ先生が出てくる。
ライムはアオウ先生を振り返り、俺も振り返った。
「2人とも、先生より後に入ったら、遅刻だよー」
アオウ先生は優しそうな声で厳しめなことを言った。
「やばい。ライム、入るぞ」
言って、俺は前扉を開き、ライムの小さな背を押した。
軽いライムの身体が押され、ライムと俺が入り、その後から先生が教室へと入る。
「みんなー、席についてー」
先生の登場と言葉に、席を歩き回っていた生徒たちがはしゃぎながら一斉に席へと戻っていく。
俺とライムも自分の席へとつく。
こうして、俺はこのクラスで初めての友達が出来、俺の1年生クラス登校初日がスタートした。