昼休み 校長室に呼び出しをくらうパート2
「……」
4限終盤。あと数分もすれば、チャイムがなるだろう。
俺は突っ伏していた顔を上げる。
隣には桃色ショートのアイシルフィー。アイは、4限前の休み時間に話し掛けてくれた。そのおかげか、気から来る俺の体調はだいぶよくなっていた。
アイの方も、今朝のように、身体を強張らせている感じは見受けられない。
もしかしたら、アイも、俺に歩み寄ろうとしてくれていたのだろうか……?
「……」
……わからない。わからないが、そうだと思いたい。
次は昼休み。昼食だ。
話す時間ならたっぷりある。
なら、そこが勝負所だろう。
そんなことを考えていると、キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。
4限終了だ。
がやがやと教科書やノートを閉じる音が辺りから聞こえ始める。
フランソワは広げていた教科書を閉じると、授業終了を告げるため、口を開いた。
「では皆さん、これで午前中の授業は終わりです! お疲れ様でした!」
これで本当に昼休みだ。
……よし、アイに話し掛けるぞ。
よし、アイに話し掛ける。
すぐさま、話し掛ける。
そう思った、直後。
「このあとはお昼休みに入りますが、夜霧くんは、校長先生に呼ばれていますので、お昼ご飯を食べる前に、校長室に行って下さいね?」
「……」
フランソワに見られ、クラスメイトに見られる。
俺はぽかーんと口を開けていた。
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そして2階、校長室前。
目の前には重厚な観音開き。
重苦しい空気が内側から漂ってくるよう。
「……ふぅ」
息を吐く。
思ったより早かったな……。
それが俺の、率直な感想だった。
ベリエール先生には、先週、校長室に呼ばれるかもしれない、そう言われていた。
しかし、こんなに早く呼ばれることになるとは思わなかった。
「……」
俺は息を整えると、コンコン、と校長室の両開きのドアをノックした。
中から、入りなさい、という校長先生の声が聞こえてくる。
「……失礼します」
ドアを開け、中へ入る。
中には、偉そうな机に偉そうな椅子。奥まった場所、そこに腰掛ける、薄い金髪ロングで美人のフーレデラ校長がいた。
「よく来たね。ああ、そこのソファにかけてくれても構わない」
校長先生は言った。
「……はい」
俺は言われた通り、右脇に置かれた2人ほど座れそうな分厚いクッションに覆われた長ソファーに腰を下ろした。
「さっそくなんだが、話は、ベリエールかフランソワに聞いているかね?」
校長先生は、俺を見て聞いた。
「……ベリエール先生に、少し、聞きました」
俺は返す。
「……そうか」
そこで、フーレデラ校長は黙る。
少しして、椅子の背もたれから腰を浮かせると、前屈みに肘をつき、指を組んで、ゆっくりと口を開いた。
「……実は、君には、様々な学年のクラスに行ってもらいたい……と考えている。短期的な、ふれあいと、交流を深めることを目的としてね」
「……」
フーレデラ校長は、俺の返事を待っているようだったが、俺が何も言わずにいると、話を続けた。
「君は、我々先生からすると、とても貴重な存在だ。なにせ、この学園は、心、に重きを置いている。女生徒だけでははぐくめない、経験、というものがある。もちろん、この世界には、男がいないわけではないし、年の近い男がいなくても、人は成長し、大人になる。だが、いるに越したことはないんだ。そして、今、こうして、男である君が、この学園にいる。それは、とてもありがたいことだ」
「……はい」
よくわからないが、俺は適当に相槌を打った。
そんな俺の心情を見抜いたのかどうかは知らないが、フーレデラ校長は薄く笑うと、口を開いた。
「……なに、勉強のことは心配ない。私の学園では、勉強は、二の次だ。なによりも、第一に、心を育むことを我が学園の校風、としている。勉強は、教育の一つの手段に過ぎない」
「……ですか」
「……そうさ。だから、君には、思い切り、いろんな生徒と触れあってもらいたい。……しかし、そうすると、君がいま通っている教室には、あまりいられないことになってしまうが……」
「……」
……まあ、そうなるよな……。
というか、俺は、出来ればずっとあの教室にいたいんだが……。
そう何度も何度も、新しくやり直すなんてこと、俺にはいくら心臓があっても足りない。
今は、あの教室でなんとかクラスメートたちと仲良くやっていきたいという思いもある。
……。やはり、断るべきか。
俺が悩んでいると、フーレデラ校長は絶妙なタイミングで、こんなことを言ってきた。
「……どうだね? こちらとしては、ぜひ、受けてもらえると嬉しいんだが……。職員たちは、皆、そのことを望んでいる」
「……うっ」
その言葉に、俺は動揺してしまう。
変な汗が出てくる。
どうする……。俺は、断りづらくなってしまう。
先生が、望んでいる……。俺が、必要とされている……?
しかし、だからと言って……俺に、そんなこと、出来るのだろうか……?
俺は……かつて、誰かから、必要とされたことがあっただろうか……?
いつも、誰かに助けてもらってばかりではなかったのか……。
「……」
俺はバクバクする心臓を押さえ、不安な心を握る。
天上私立心遠学園。邪神が俺をここに送り込んだ意図は、まったくつかめない。
しかし、そんなこと、今となっては、どうでもいい。
とにかく、俺は、ここにいる。
その存在した証を、この学園の生徒たちに、刻んでやるのも、いいのではないだろうか……?
いつまでも、受け身でいても、何も変わらない。
イムルの占いでも、変われと、言われ、考えを改めようと思ったのではなかったのか、俺は……。
……。
俺はごくりと唾を飲み込む。心の音を落ち着かせ、一呼吸置く。
そして。
「……わかりました。やります」
そう、俺は言っていた。
「おお。受けてくれるか」
フーレデラ校長が、驚いたように、表情を弛緩させ、喜ぶ。
その顔を見て、俺は安堵の表情を浮かべた。
……後悔はない。
その時、俺は、やる気に満ちていた。
今の俺なら、何でも出来るような気がしていた。
やってやる、そう、思った。
……まさか、このあとすぐ、移動することになるとは、これっぽっちも思わなかった……。