性格占い ムイ・ム・イムル ① ナシエ・ソート ①
「……」
3限が終わる。休み時間。
俺は未だにアイシルフィーに話し掛けられないでいた。
何を惚けているのだろう、俺は……。臆病者にもほどがあるだろう……。
隣にアイシルフィーはいない。アイは、2限の休み時間に引き続き、廊下側一番奥、ソワールの席の左斜め前、紫髪ツインテールの女子が座っている所に行ってしまった。
なにやら、トランプを並べて、おかしなことをしている。
神経衰弱をしているわけではなさそうだった。
そこには、一緒に、俺の3つ右隣にいつも座っている、赤髪ショートの大人しそうな女生徒もいた。
「……」
赤髪の女子が、並べられたトランプを何枚も選んでいる。
紫髪ツインテールの女子が、それを表にひっくり返し、赤髪の女子に向かって喋りかけていた。
どうしてか、赤髪女子の顔が、赤くなっている。
俺がその光景をチラチラと見ていると、紫髪の女子がいきなりこちらを見て、指を指してきた。
俺は瞬時に前を向き、見て見ぬふりをする。
すると、なぜか、アイが俯きがちに、こちらにおそるおそるやってきた。
ドキリ、として俺は机を凝視する。
アイが、俺の近くで立ち止まる。
「……せ、千夜、くん……」
「え……」
うそ。俺はびくりとする。俺が、アイに、話し掛けられた……?
俺の名前が呼ばれ、俺は自分の気持ちが高ぶるのを抑え、慌てて振り返る。
アイの顔が、赤くなっていた。
「な、なに……?」
俺は、アイに、嫌われていたのではないのか……?
突然のことにパニックを起こしそうになりながら、俺は返事をする。
「あの……イムルちゃんが……呼んでる、よ……」
アイが顔を真っ赤にして、そう言った。
「……そ、そうなの?」
「う、うん……」
「……」
俺は、天国に登りそうな気持ちになった。
俺が、アイと、話している。それだけで、俺の気分は昇天しそうになる。
「……わかった。すぐ行く」
「……うん」
俺の顔も真っ赤になっていたかもしれない。目頭が熱くなる。
ずっと……待っていたのだ。いや、俺が話し掛けられなかったのが悪いのだが。
しかし、俺の中で、今、なにかが吹っ切れたのが分かった。
俺は立ち上がると、イムル、というらしい紫ツインテ女子に感謝しながら、その場所へと向かった。
アイが、その後をついてくる。
「……来ました」
俺は言った。
「うん。じゃあ、選んで」
初絡みとは思えない、フレンドリーな物腰で、その女生徒は言った。
切れ長の青紫の目が、整った美人の顔が、俺を見据える。
横には、赤髪ショートでウルフカットの女子が、顔を赤くしたまま、気恥ずかしそうに立っていた。こっちは、どちらかというとおっとりした目で、背は普通、脂肪のついた胸と尻に目がいってしまう。美人と可愛いを足して二で割ったような風体。
頭にブリムをつけていて、まるでメイドのようだった。
机にはトランプが所狭しと裏面で並べられている。
なにをしようというのだろうか……?
とりあえず、俺は適当なトランプを指さした。
「はい。じゃあ、もう一枚」
「……?」
俺はまた、適当なトランプを指さす。
「もう一枚」
「……何枚引くの?」
「あと一枚よ」
イムルという女生徒は言った。
「……じゃあ、これ」
俺が指をさすと、イムルはオーケー、と言ってトランプをひっくり返し、また戻した。
「……なにこれ?」
俺は冷や汗をかきながら聞いた。
「見て分からない? 占いよ、占い」
「占い……?」
「うん。あたし、好きなの、占い。だから、よくこうして、いろんなことを占ってるの。で、今日は性格占い。まあ、当たるかは、自信ないんだけどね……」
言って、なはは、とイムルは笑った。
「性格占い……」
「そ。じゃあ、時間もないし、さっそく、貴方の性格を当ててみせるわ」
「ああ……」
イムルの言葉に、俺はごくりと唾を飲み込む。
赤髪ショートの女子と、桃色ショートのアイがその様子を見つめている。
イムルはうん、と頷くと、口を大きく開いて、こう言った。
「貴方の性格は……ずばり、バケツ、ね」
「……バケツ?」
「そう。バケツよ。貴方はバケツのような性格です。どう、当たった?」
イムルに笑顔で言われる。
いや……バケツって。
何が当たりなのか、よくわからない。
俺がなんと答えたらよいものか悩んでいると、イムルは続けた。
「バケツのように、何でも受け入れられる大きな包容力を持っている、ということよ。だから、端っこの方にずっと座ってないで、もっとみんなと、関わっていかなきゃ駄目よ? わかった?」
「……」
なにげに辛辣なことを言われてしまう……。
だが、それは、俺が変わって行かなきゃいけないのだということを、占いを通じて、俺に示してくれているような気がした。
「……そうだな。わかった」
俺の言葉に、イムルは笑って頷いた。
「じゃ、そういうわけで。私はムイ・ム・イムル。ちょっと噛みやすい名前だけど、イムルって呼んでね。よろしくね」
「ああ、よろしく」
「ほら、ついでにあんたも」
イムルは、視線を赤髪の女子に寄越した。
赤髪ショートの女子は、顔を赤らめながら、慌てて、口を開いた。
「あ、あの、わ、わたしは、ナシエ・ソートって言います……。よろしく、お願いします……っ」
「ああ、そういえば、スインクの双子の妹って、言ってたな……スインクが」
「は、はい……そうなんでございます……です!」
「よ、よろしく、ナシエ」
「は、はい……! よろしくお願いします……!」
そこで、3限の休憩時間終了のチャイムがなる。
こうして俺は、4限前にして、ようやくアイとの会話に成功し、さらには、性格占いという遊びの名の下に、新たに2人のクラスメートと知り合いになることが出来た。
アイは俺のことを嫌っていたのではないのか、という不安も残るが、とにかく今は、アイと会話ができたことを、ただ純粋に、心の底から、嬉しく思っていたのだった。