サウファ・コロン ③
「うーーー……」
「どうしたの?」
1限が終わった。いや、終わっていた。
俺は心の中で鬱になりながら、机に突っ伏していた。
あれだけHR後のトイレで自分を奮い立たせておいて、この結果。この様。
休み時間はまだ何回もあるというのに、俺は1限開始前の1分間で、自信を喪失してしまった。
しかも俺はまだ、気から来る腹痛に悩まされている。とても腹が痛い。便意はなくなったが、頭痛や憂鬱や心のもやもやが俺を襲っている。
早く話し掛けなければ、そう思うのに、行動に移せない。バカ過ぎる。
アイシルフィーは勇気を出して話し掛けてくれた。
だから今度は、俺から話し掛けなければいけないというのに。
本当に愚か者だ、俺は。
「……」
それはそうと、俺の目の前には、水色ショートヘアのサウファコロンが、どうしたの? と言って、不思議そうに俺を見ている。
よくわからないが、俺の様子に疑問を持って、来てくれたらしい。
背は低く、高校生、というよりは少女、と言った方が正しい身なり。羽の形の髪飾りを付け、丸く大きな水色の純朴な瞳を俺に差し向けている。
俺はサウファを腕の合間から確認すると、おもむろに顔を上げた。
「どうしたの?」
サウファは再び、どうしたの? と質問してきた。
「……腹が痛いんだ」
俺は言った。
「どうして?」
サウファは聞いた。
「……俺は今、悩んでいる」
「なにに悩んでるの?」
「……」
俺はその問いかけに、言葉に詰まる。
隣にはアイシルフィーがいるのだ。
アイシルフィーとの関係について、なんて、言えるわけがなかった。
「どうして悩んでるの?」
サウファは、追い打ちをかけるように聞いてくる。
俺は頭を悩ませながら、聞いた。
「……サウファは、悩んだことはないのか?」
「どうして?」
「……気になるから」
「わからない」
「……」
即答だった。即答でわからないだった。
「でも」
サウファは、でも、と続ける。
「あるかもしれない」
そう、サウファは言った。
「わからないけど、あるかもしれない。って……どっちなんだ」
俺は頭を悩ませながら聞いた。
「わからない」
サウファは淡々と言った。
「じゃあ、嬉しかったことは?」
俺は聞いた。
「わからない」
「楽しかったことは?」
「わからない」
「悲しかったことも……ないのか?」
「それは、ある」
「……」
「とても、悲しいことはあった」
「……そうなのか」
「うん」
「……」
俺はその悲しいことがなんなのか、とても気になった。
しかし、俺が言っては何だが、何でもかんでもわからないと言う少女が、悲しいことはあるっていうのが、ある意味不可解で、聞いていいものなのか、判断しかねる。
「……」
「……」
俺とサウファの間に微妙な沈黙が流れていると、その時、キーンコーンカーンコーンと、次の授業が始まる合図の鐘がなった。
生徒たちが慌てて自分の席へと戻っていく。
「じゃあね」
サウファは最後に手を振って、自分の席へと戻っていった。
「……」
悲しいことがなんなのか。
それを聞くことは出来なかったが。
サウファにも、多分、悩みがあったのだろうと、一番前の席に座るその小さな背中を見て、俺は思った。