その女、アイシルフィー
「俺が悪い、俺が悪い、俺が悪い……」
HR後。男子トイレ。
用を足した俺は、洗面鏡で自分の顔を見ながら、自分に活を入れていた。
息が重い。アイのことを考えると、心が落ち着かず、腹がぎゅうと痛くなってくる。
憂鬱になる。気分が重くなる。
これから、アイと気まずい関係のまま、このクラスで過ごさなくてはならなくなるのは御免だ。
だから俺は、一刻も早く、やらなければならない。話し掛けなければならない。
仲直りしなければならない。
俺が転入した初日、腹を空かせた俺に、まだ話したこともなかった相手に、勇気を出して話し掛け、一つのおむすびを恵んでくれたのは誰だったのか。
そう、アイシルフィーだ。
アイシルフィーがいたから、俺は一週間、この教室でなんとかやりきることが出来たのだ。
アイが隣じゃなかったら、俺は今頃、どうなっていたかわからない。
それくらい、アイには感謝しているのだ。
だから。
「……」
俺は蛇口を捻ると、すくった水を何度も頭にかけ、熱くなった自分の頭を冷やす。
かかる水は冷たく、脳に染み入るようだった。
ついでに顔も洗い、目を覚ました。
そして大きく深呼吸をすると、トイレから出て、教室に戻った。
一番奥の、自分の席へと向かう。
窓からは光が差し、窓際付近の机が照らされていた。
「……」
自分の席が近付く。アイの姿が近付く。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
心臓が大きく跳ね上がる。
「ふぅーー……」
重い息が漏れる。
話し掛けないまま、自分の席に到着した。
座らない。立ったまま。膠着する。タイミングをうかがう。
トイレに行ったのと、活を入れていた為、1限まで時間はもう1分とない。
しかし、1言2言なら十分な時間。
窓から射し込む光が温かい。
「……」
俺は一度大きく息を吸い込むと。
「……」
隣の席へと視線をずらし。
そして。
……席へと着席した。
キーンコーンカーンコーン。
鐘の音が、虚しく心を揺さぶる。
タイムオーバーだった。
俺の姿は真っ白になっていた。
その後のことは覚えていない。
気がつくと、1限が終わっていた。
……。