終わりが近付く
昼休みが終わり、5限の掃除が終わり、6限をやって、隣クラ生活が終わる。
……いや、終わった。
今は帰りのHR。
ベリエール先生が教壇に立ち、休日はゆっくり休めというようなことを言っている。
左隣には、緑髪眼帯ポニーテールのロクヌイが帰りの準備を済ませ、大人しく先生の話を聞いている。
そして、右隣に、ルティアはいない。
4限目途中に遅刻してきたルティアだったが、熱が悪化してしまったらしく、昼食時は一緒にいたのだが、その後、ふらついて上手く歩けないルティアに肩を貸し、俺が保健室へと連れていった。
ルティアは、もう帰ってしまったのだろうか。
それとも、まだ保健室で寝ているのだろうか。
スクールバッグは机脇にかけたままだから、多分いると思うのだが。
……HRが終わったら、見に行くとしよう。
そう考えていると、ベリエール先生が話を終え、号令をかけた。
「起立!」
その言葉に、俺は椅子を引いて立ち上がる。
クラスのみんなも、一斉にガラガラと椅子を引いて立ち上がった。
「夜霧」
俺の名前が呼ばれる。
クラスの視線が、一斉に俺に集まる。
「夜霧は、この後、少し残ってくれないか」
「は、はい」
俺の返事に、ベリエール先生は頷くと、「礼!」と言って、生徒たちが頭を下げる。
さよならー。
生徒たちが先生に別れの挨拶をし、それぞれの髪色をした生徒たちが教室の扉から出て行く。
「それじゃあな、師匠」
左隣にいたロクヌイが俺を見ながら、手を挙げる。
「じゃあな、弟子」
俺は言い返してやった。
「はは」
ロクヌイが笑いながら、机脇にかけてあった刀を持って、教室を出て行った。
ロクヌイが出て行くのを見ていると、横からひょこっと桃色ツインテールのアーシャが現れる。
「おにーちゃん」
アーシャが横から抱きついてきた。
「じゃあね……」
アーシャは言いながら、悲しそうに俺から離れる。
「……」
俺はその表情から、アーシャが何を考えているのか手に取るようにわかってしまう。
「……また、遊ぼうな」
俺は兄として、アーシャの頭をなでる。
「うん……♪」
アーシャは頷くと、俺に手を振って、教室から出て行った。
教室から、俺とベリエール先生以外に、人がいなくなる。
斜陽が教室に射し込む。
俺は中央の席で立ったまま、黒板消しで黒板を拭いているベリエール先生を待っていた。
「……夜霧。こっちのクラスは、どうだった?」
拭き終わったベリエール先生が、手をパンパンとはたきながら、俺に振り返った。
俺は何と言おうか考え、正直に言った。
「……大変でしたね」
「ははは。そうか。大変だったか」
「はい」
ベリエール先生があっけらかんとした顔で言う。
「まあ……あれだな。私はお前が、最後まで通ってくれてよかったと思ってるよ。最初は、真ん中の席にされたお前の顔を見て、途中で根をあげてしまうんじゃないかと心配していたんだが」
しんみりと、そう言われる。
「俺も心配でしたが、何とかなりましたね……」
「自分で言うか」
ベリエール先生は、俺の言い回しにツッコミを入れると、一転、笑った。
「ありがとう。やはり一週間では、ぜんぜん時間が足りないかもしれないが、それでも、あの子らも、いい経験になったと思う」
「……そうですかね」
俺はなんて言えばいいのか、返答に困る。
「ああ、そうだ。同い年の異性なんて、今まであいつらは経験してきていないからな。どう接すればいいかわからない者も多かったことだろう。まあ、かくいう私も、経験できなかったうちの1人なんだがな……」
ベリエール先生は、自虐気味に笑った。
「私なんてな、昔は、もっと可憐で、同い年の男がクラスにいたら、こんな強気な性格になっていなかったんじゃないか、なんて、今でもそんなことを思ったりしているんだ。おかしいだろう?」
「……おかしくは、ないと思いますけど」
「なら、どうだ? お前から見て、私は、ありか」
「……」
「……なんでそこで黙る」
「……あり?」
「なんで疑問系だ」
「昔の可憐な姿なんて、想像できません」
「今の姿はどうなんだ」
「いいと思います」
「本気で言ってないだろう」
「言ってますよ」
「む……。まあ、いい。じゃ、ありってことで受け取っておこう」
ベリエール先生は冗談めかして言った。
「ああ……呼び止めてしまって悪かったな。私の用は、以上だ。来週からは、また向こうの教室になると思う。たぶん……」
ベリエール先生がたぶん……と含んだ言い方をする。
「た、多分……?」
「いや……元のクラスに戻ることは確かなんだが……どうやら、職員室でお前のことが話題になってしまってな……また、お前が別のクラスに駆り出されることになるかもしれない……」
「ふふぉふぇふょ(うそでしょ)……!?」
ふぁ!? どうしてそうなる……?!
「私に言われても、どうにもならん……。そのうち、校長先生直々に呼ばれて話を聞くことになるかもしれない……。……まあ、覚悟だけはしておいてくれ。……そういうわけだ。それじゃあな」
ベリエール先生は最後の最後に特大の爆弾をかましてくれると、教室から出て行ってしまった。
ようやっと隣クラ生活に一段落つくかと思えば、また最初からやり直すことになるのかと考えると、腹がきりりと痛くなる……。
「ああ……まじかよ……」
これが俺に与えんとする、邪神の思惑なのか……。
それとも、それはぜんぜん関係ないのか……。
頭痛に苛まれる。
早く宿に帰って、休みたい……。
「……」
しかし、俺は帰る前に、寄らなければいけないところがある。
俺は教室から出て、廊下端まで歩いて行くと、1階を念じながら緑白い魔方陣の中に足を踏み入れた。