ロクヌイは弟子 ロクヌイ・ロータス ⑧
「我が眷属の前にひれ伏せ――! こ、こうか?」
「そんな感じ」
「ふむ。なるほどな……」
ゲルモン掃討後の、屋上塔屋の天井上。
そこでは、俺とロクヌイが中二病くさいポーズを取りながら、中二病くさいセリフをのたまっていた。
右目はまだ痛むが、今はそれほどでもない。
なぜかは知らないが、ゲルモンを倒してから、痛みは次第に引いていき、今となっては目を握りつぶしたいほどの痛みではなくなっていた。
もしかしたら、ゲルモンが原因で俺の右目に痛みが誘発されていたのではという疑いもあるが、確証はない。
とにかく、過程がどうであれ、今はロクヌイが俺に心を開いてくれたことを喜ぶべきだろう。
「喰らえ、漆黒の刃……」
「喰らえ、漆黒の刃……!」
俺はロクヌイに格好いいセリフを教えて欲しいと言われ、適当にアドバイスしていた。
何個か言っている内に、ロクヌイはコツを掴んだようで、どんどん中二病化が進んでしまっていた。
俺は間違ったことはしていない……ロクヌイが喜んでいるからいいのだ……そのはずだ……。
そう、自分を正当化させようと、俺は心の中で、もう1人の自分と葛藤していた。
その時、キッと、ロクヌイの目が鋭くなった。
「今、なにかが横切った気がする」
ロクヌイが眼帯で覆っていない方の左目に手を沿わせ、獲物を狙う鷹のような目できっと周囲を見る。
「な、なにが横切った……」
ノッているロクヌイに多少の温度差を感じながらも、俺もそれに同乗する。
「わからない……が、気配を感じる……」
ロクヌイが手に持っていた刀を抜いた。
刀を抜くと、鞘を置いて塔屋から飛び降り、屋上の隅へと向かった。
「……」
俺も飛び降り、遠くからその様子を見つめる。
「そこか――っ!」
スッ。
ロクヌイが振り向くと同時、虚空に向かって刀を振り抜いた。
「ズブグァッ!!!!!!」
何かおかしな音と共に、辺りに真ピンクのゲルが飛び散った。
「!?」
「!?」
俺とロクヌイは何もなかったはずの虚空からいきなりゲルが飛び散ったことと変な音が聞こえてきたことと、ピンクのゲルモンが出てきたことに驚きおののく。
しかも突然しゃべり出したし。
「グッ……オノレ……コノワタシトシタコトガ……ココデハテルコトニナルトハ……」
後悔しているような言葉を述べて、そのゲルモンは消失した。
俺とロクヌイは、口をあんぐりさせてその光景を見つめていた。
「……なんだいまの」
ロクヌイが汗を流しながら口を開く。
「……わからん」
俺も汗を流しながら返した。
……?
俺は右目を触る。
……痛みが、完全になくなっていた。
まさか……。
いや、まさかな……。
キーンコーンカーンコーン。
その時、4限目終了のチャイムがなった。
ロクヌイは、ふぅ、と息を吐くと、飛散したピンクのゲルを避けて、俺の元へと歩いてきた。
「今のはびっくりしたな」
「そ、そうだな」
飛散したピンクのゲルは、後で俺が焼き尽くしておくとしよう……。
「だが、それはそうと、私はお前に言わなければいけないことがある」
ロクヌイは姿勢を正すと、改まったような言い方をした。
「な、なんだ」
俺はきょどりながら聞いた。
俺の返しに、ロクヌイは何度か深呼吸をした後、数秒、口を閉ざしたまま俺の目を見つめると。
泣き出しそうな、怒っているような、そんな真剣な表情で。
「……ありがとう。こんな私の戯れ言に付き合ってくれて。……とても……感謝している」
そう言って、俺の肩の辺りに、ロクヌイが頭を寄せる。
「う、うん……?」
俺は戸惑いながらも、これはロクヌイが俺に心の弱さを見せてくれているのではないかと、感じた。
俺はそんなロクヌイの力になりたくて、いつかのレレイナが言ったようなことを、言った。
「なにかあったら、いつでも相談してくれよ。力になれるかは、わからないが……」
「ああ……ありがとう」
言うと、ロクヌイは鼻をすすった。
「私は……何かにすがりたかったのかもしれない。……先見えぬ不安に怯えていた。でも、あまり深刻に考えすぎるのも、良くないのかもしれないな……」
「そうだな……」
ロクヌイの弱音に、俺は相づちを打った。
「私は今朝、父親と喧嘩をしてな……」
ロクヌイが今朝のことを話し始める。
「そうなのか……?」
「ああ……。それもあって、少し苛立っていたんだ……」
「父親とは、あまり仲が良くないのか……?」
「どうだろうな……。もう口もほとんど聞いていないから、仲がいいのか悪いのかさえ、わからない程だな……」
「ふむ……」
「ただ、うちは父子家庭で、私は一人娘だ。娘可愛さに、定職につかなくても、子供を崖から突き落とすようなことはしないだろう」
「はは……」
ロクヌイの冗談めかした言い方に、俺は愛想笑いをする。
「お前の家族は、どうなんだ」
ロクヌイは顔を上げて、俺に聞いた。
「俺か」
「ああ」
俺はその問いに、どちらについて答えるか悩むが、家族、という言葉に、前の家族について話すことにした。
「俺の家族は……一言で言えば、冷たい」
「冷たいのか。それは、どういう風に冷たいんだ?」
「なんだろうな……。家族だけど、他人のような。まぁ……俺は、実際、血は繋がっていなかったわけだが……」
「他人、血は繋がっていない……教会や、施設に預けられていた、ということか……?」
「ま、まぁ……そんな感じだ。今は、一緒には暮らしてないけどな……」
細かく言えば、養子だが……同じようなものだろう。
「なるほど。お前も私も、大変なのだな……」
ロクヌイは、親身になって言った。
その時、ぐうとロクヌイの腹が鳴る。
「さて、小腹も空いたことだし、教室に戻らないか」
ロクヌイは言って、魔方陣のある塔屋へと向かう。
「ああ、そうだ」
ロクヌイは何かを言い忘れていたかのように、俺を振り返った。
「なんだ」
俺は聞いた。
「これから、お前のことを、師匠、と呼ばせて貰おう」
ロクヌイは意味のわからないことを言い残して、また塔屋へと歩き出し、魔方陣の中へと消えていった。
「……なに!?」
俺は誰も何もいなくなった屋上で1人、なに!? と叫んだ。……。
こうして、俺は1人、弟子が出来た。