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全校生徒の前で自己紹介


「髪の毛がべたついてる……」


担任のフランソワがHRで話している最中、俺はぎとついている自分の前髪を触りながら呟いた。

昨日は邪神の部屋に帰れなかったのだから、しょうがない。

だが、俺は確かその前日も風呂に入っていなかったことを思い出す。

というか、邪神の部屋にもシャワーや風呂などというような代物はどこにもなかった気がする。


俺が邪神によってこの世界に連れてこられたのが3日前。まだ3日。もう3日。

その日は邪神の部屋で過ごし、翌日、事前に用意されていたブレザーに着替え、俺はこの学園へと登校したのだった。

まあ、今はそんなことはどうでもいい。今は、そんなことよりも……。


「……」


このべたべたな髪の毛。白いのはふけのせいじゃない……そう信じたい……。


1日風呂をさぼるだけでぎとつくこの髪質。それが2日連続で続いたとなると……。

そう思うと、周りの女子生徒達の視線がさらに気になり始める。臭いも気になり出す。

女子生徒の誰かに気付かれでもしたら……。


俺の学園生活は、そこで試合終了かもしれない……。


「やべぇな……」


そんなことを考えていたら、フランソワがまたもや俺の話題を出し始める。



「それでですね、昨日はこのクラスだけに自己紹介して貰ったんだけど、今日はこの後、全校集会をすることになっています。そこで、今度は全校生徒の前で挨拶して貰わなくちゃいけないんだけど……。大丈夫かな??」


俺に向かって、フランソワに話し掛けられる。周りの視線が俺に集まる。


「ふぇっ!? またですか!?」

変な声が出てしまう。


勘弁して下さいよ先生……。

もしかして初日に犯した俺のやらかし自己紹介忘れてるんですかね? 忘れたとは言わせませんよ、俺のあの、やらかし自己紹介を。なめないでくれますか、この俺を。


……見るな、…………俺を見るな。2日続けて風呂に入っていない、べたついた髪と異臭漂う俺を見るなぁ…………っ!!


「……わかりました」

わかったから、早く話題を終わらせてくれ……。

俺はふて腐れ、周囲から浴びせられる視線から逃げるように、そのまま机へと突っ伏した。

俺は突っ伏しながら、眉間にしわを寄せて目を閉じ、なんかごちゃごちゃしている雑念を取り払うのに必死になっていた。


「では、これでHRを終わります」


フランソワは朝のHRを終えると、教室を出て行った。

生徒達はまばらになり、全校集会に向かうために少しずつ生徒達が教室を出て行く。


「……」


そして、また俺に視線が集まっている気がする。過剰になりすぎか……?


「なあ」

「うわ!!」


俺が雑念を取り払っていると、目の前からいきなり俺に向かって声が聞こえてきた。

びっくりして目を開けると、そこには伝説の勇者の娘、レレイナ=クラウンが立っていた。


端正な顔をまっすぐこちらに向けている。

視線の正体はこいつか。


「なんだ……」

俺は聞いた。


「大丈夫か?」

レレイナが心配そうに俺を見つめる。


「何が……」

「挨拶」

「うっ……」


俺はゲロが出そうになり、口を押さえた。


「どうした」


レレイナが慌てて俺に近付こうとする。

俺は手でそれを制した。


「問題ない」

「そ、そうか……。だが、お前は昨日の自己紹介で」

「……言うな。みなまで言うな。俺の……黒歴史を蘇らせるな」

「クロレキシ……? クロレキシとは何だ」

「いや、なんでもない。とにかく。俺は今度こそ失敗しない。昨日は何も考えてなかったからあんなんなってしまっただけだ」

「そうか……? それならいいのだが……」

「心配をかけてすまないな」

「ああ」


レレイナは納得してなさそうな顔で頷くと、教室を出て行った。


教室内に生徒が誰もいなくなる。


「……はぁ」


そうは言ったものの、自己紹介で何を話せばいいのやら。

好きな食べ物? 好きな飲み物?

なにを言えっていうんだよ……。


……何も思い浮かばないものはしかたがない。考えていたって自己紹介がなくなるわけではないのだから。

俺は席を立つと、全校集会の場である別棟の体育館へと向かった。



体育館には大勢の生徒と先生が集まっていた。

何百、いや、何千いるのかわからない。

向こうの世界で言えば、小中高の生徒が一括に集っているわけだから、これだけ多いのも無理もない。


色とりどりの髪色、個性それぞれの人種。

とはいえ、普通の人間が圧倒的に多い。


この世界では、人種間等によるいじめは起こらないのだろうか。

まあ、可愛い子と美人しかいないのだから、容姿による差別はなさそうだが。

俺に対する視線は差別とも取れるが……珍しいのだから諦める他ないのだろう。


フランソワが入り口に突っ立っている俺の元に駆け寄る。


「急いで急いで。もう始まるわよ」


フランソワに手を引かれる。


「うわー」

嫌だー。


そう思いながら俺は俺のクラスの最後尾に並んだ。

隣のクラスの生徒や、他の学年の生徒が俺を見てくる。


「うっ……」


吐きそう。また○ロが出そうになる。


「先生。俺……端に行ってもいいですか? ちょっと気分が悪いので……」

「大丈夫?」


フランソワに真剣な表情で心配される。


「あぁ、はい……」

「いいわよ」

「ありがとうございます」


言って、俺は体育館端へと向かった。


……このままばっくれちゃおうかな。


体育館に集まる全校生徒の死角に行きながらそんなことを思ったが、嫌な予感がしたので止めた。

後ろの方にはロリが集まっていた。

俺はロリに癒された。

ロリは俺に変な視線を向けないからだ。


全校集会が始まる。

羽の生えた巨乳の、天使のような、美人な校長が出てきて挨拶を始める。俺は緊張し始める。



ばくん。

ばくん。

ばくん……。



鼓動が波打ち始める。落ち着かない。足が震える。貧乏揺すりが止まらない。



「怖いなぁ、怖いなぁ」



稲○淳二。


死にそうだ。


「……それでは、新しく入った転入生に、挨拶をして貰います。どうぞ、壇上へ」


司会をしている教頭先生らしき巨乳のエルフっぽい人物に、俺の名前が呼ばれる。


俺は心臓をバクバクさせながら、壇上へと上がった。バキバキだ。がちがちだ。心臓がバックンバックンする。足が痛い。震えている。血の気が引いていく。あるいは、昇っていく。



俺は、霊のごとく、例のごとく、顔面が、頭が、蒼白に、真っ白に、なった。



ごくり。

唾を飲み込む。


マイクに顔を近づける。


全校生徒と先生の視線が、一身に集中する。


やばい……。


何も考えていない。何も思い浮かばない。


考えていたとしても、頭が真っ白になっている。


だが、何か言わないとまずい。


とにかく声を出すのだ。なんでもいい。とりあえず、声を出さなければ。



俺は息を大きく吸い込むと、なんとか言葉をひねり出した。



「えー。俺は、夜霧千夜(よるぎりせんや)と言う」


何を言えばいい。

わからない。


「えー。俺は……」


俺は……?

また俺は……?

違うだろう。

もっと他にないのか……?


俺は……。

俺は……。

俺は……じゃなくて。



「……」



言葉が止まる。何も出てこない。周りの視線がプレッシャーをかける。


圧縮される。ZIPされる。RARされる。

わからない。

何を言えばいいのか。俺には何もわからない。


静寂が俺の口元をさらに重くする。




「……」




……何秒経っただろうか。……30、40、50……?

まだ続けさせるのか……? 俺がしゃべらない限り、こいつらは、いくらでも待つというのだろうか……。もう1分は経ったんじゃないか……? いや、2分……? いったいいつまでこの耐久レースを続ければ終わるんだ……。

もう駄目だ。これ以上、言葉が出てくる気がしない。


もういい……なんでもいい、ええい、もう終わらせてしまえ……!


「よろしく」


俺は自己紹介を終えた。





しーん。



「……」


……これだ。

またやった。レレイナの心配が報われない。昨日と同じ。まったく。


しんと静まる体育館内。拍手もない。



……もう駄目だ俺は。



俺は勝手に壇上を降りる。



そして、体育館の端に腰を下ろした。



俺の姿は、燃え尽きた白い炭と化していた。



その後のことは覚えていない。



気がついたら教室に戻っていて、窓際の最奥の机でぐったりしていた。





「いやー良かったなお前の自己紹介は。うん。悪くなかったぞ」


白い灰に向かってしゃべりかけてくる変わり者が1人。俺の元へとやってきて、そいつは言った。


「……ありがとよ」


薄れ行く意識の中、レレイナクラウンが神か何かに見えたことだけは覚えている。


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