管理官になるまでの紆余曲折
連続投稿1話目
「陛下の夜の管理なら、わたくしが女官として王宮に上がればよろしいのでは? 給料はいかばかり?」
「……実の父親から給料ねだるのか」
「女官の給料は国家予算ですわ。ご自分の給与は管理してらっしゃるようですが、毎年の納税額を算出して、領地の予算と我が家の使用分を計算するという仕事を丸投げしたのは何処のどなただったかしら」
皆黙り込んでしまった。宰相職が忙しいのは分かるが、わたくしの剣幕に文官もフォローできないのだろう。
「ここ何年かは、お父様分の領地のお仕事は殆ど無かったでしょう? 領内はわたくしの署名で万事通りますの。不便ですから。最後の王宮の納税官宛の報告書だけですのよ? お父様の領主としてのお仕事は」
あまりにも父上が項垂れてきたので、アルベルトが咎めるような視線を寄越した。
本心でここまで責めているのではありませんのよ? あくまで交渉を有利にするためですの。
「女官長の補佐になれるよう手回ししておいてくれます? 給料は規定通りお願いいたしますわ」
父親が慌てて顔をあげてきた。
「いや、エリシュナ。女官長とも相談したが女官では限界があるのだ。側妃として上がって欲しい」
「イヤですわ。未婚なのでこれでも貞操は大事にしておりますの。実の父親としてそのようなはしたない事を……恥ずかしくないのですか?」
「……陛下の悪癖も極まれりか」
小声で絶望したコメントが出た。まあ、名誉とされる後宮入りの価値が大暴落してるからねぇ。後宮入りを『はしたない』で済ませたわたくしが変人なのではなく、聡明な令嬢なら皆そう考えると思う。
「私と女官長で陛下の渡り先は事前に把握できる。女官長には話を通してあるから、仕事にのみ集中してくれれば良い。既にエリシュナに付ける信用できる侍女と女官は選定しているから、仕事上も生活上も問題ない!」
ここで手打ちかな。夜伽は避けられて仕事だけすればいい。身の安全のための侍女と女官も手配済み。というか手回し良すぎて腹が立ちますわ。
でも何で最後の方はわたくしでなく、アルベルトを見ながら話してたのかしら?
「アル、どう思う?」
気になったので、振り返って聞いてみたらアルベルトは殺気立っていた。これが原因か。でも何故?
「エレナお嬢様、領地の執務と後宮任務の期間の確認をお忘れです」
殺気振りまいていても、着眼点はさすがアルベルト! すっかり忘れていましたわ。
「短期間なら執事頭が何とかしてくれるでしょうけれど、老齢だから長期間はさすがに無理があるわ」
少しはお父様に苦労を共にして頂くしかありませんね。
「アルフレッドにやらせれば良いではないか」
「……お父様、フレッドが今いくつか分かっていらした上でおっしゃったのでしょうか?」
これだから全く世の家庭を顧みない父親は。15歳なんて、当主が死亡するといった非常事態でない限り、勉強途上の未成年だ。普通の貴族の子弟なら12歳から15歳で王都学院に行ったり、一部は騎士見習いになったりする。
父上が宰相になって、執務が手薄と執事頭に泣きつかれてしまい、わたくしが17歳で手伝い始めたのだ。これも例外中の例外だ。女性が17歳で婚約もしてないとか有り得ないのだ。
これが今日までわたくしが未婚の訳。もっとも、これは母上がお亡くなりになって失意の底にいたわたくしの気を紛らわすといった、使用人の思いやりもあったのだけれど。
ぶつぶつと、フレッドの年齢を数えている父上を尻目にアルベルトに目配せした。
――例の案件、計画始動でよろしい?
長年の悪友はわたくしの目力のみで全てを悟ったようだ。ニヤリと公ではとても見せられない悪い笑顔を向けた。父上がわたくしに最も負い目を感じているその時に、言いたかった事があるのだ。それを言うまたとないチャンス。
「今回は王都に連れて参りましたの。後継ぎですから、さすがに不仲だとこの先大変ですもの。仲を取り持ちたいのはわたくしの本心ですわ。しかし、フレッドから姉を取り上げて尚且つ勉学の機会を奪うとなれば、わたくしも限界でございます。もう息子との関係は諦めてくださいませ」
悲壮な顔をしてわたくしを見つめる父上に鷹揚に頷いてみせる。父上を嫌うフレッドとの最後の繋がりを切るとの最後通牒。本当は家族を大切にしたいとは思っている父上への切り札だ。ここからが交渉の正念場。
「もちろん、後宮整理が終われば私の力でお前を正妃にして、アルフレッドも王都に住まわせて毎日家に帰ろう。今度こそお前達を大事にする!」
ここで、的外れな家族計画を持ち出されるのは予測済みだが、聞き捨てならぬ言葉があった。
「正妃……?」
「そうだ。エリシュナが後宮の側妃を整理してくれれば、正妃を据えて後宮支配も可能になるだろう。側妃はお前のある程度希望通りの人選にしてくれて構わんからな。後宮の私闘が無くなれば私も夜や早朝に王宮に詰めていなくても良い。息子にも会える。宰相である限り王妃になったお前とも会えるし、やっと家族の顔を見て暮らせる……!」
好き勝手言いやがってこのクソ親父! 誰があんな無節操陛下の妻になりたいなどと思うか! あと父上の過剰労働の原因まで陛下か! 尚更正妃なんてクソくらえだ! レインベルト家不仲の原因じゃねーか!
と、こころの内に思った罵詈雑言を思った通りに吐いたら爺共の心臓止まるな。見た目とのギャップが。
「いいえ。わたくしは正妃など死んでもなりとうございません。お役目が終われば即、領地に帰還致します。フレッドを支えねばなりません。ですので、終わり次第後宮を出られるような策を張っておいてくださいませ」
「いやしかし、側妃は下賜するのも色々制約が……」
「ですから、入る前に策を弄するのです。あと下賜も困ります。実家に帰る方法です」
「しかし、正妃候補との触れ込みで入内させるのだが」
「何故そのような面倒な事を!」
ギロリと睨みながら、手に持った扇でカンッと机を叩いた。
「侯爵の身分から言っても妥当であるし、そもそも寵愛以外に後宮で権力を発揮できるのは身分しかないのだ。しかし陛下のご助力を賜れない今、武器となるのはレインベルトの名の下で正妃となるという噂しかない。権力がなければエリシュナも仕事がしにくいだろう」
そういう事か。王宮については疎かった。陛下と寝ずに権力を持つには、実家の力と王族になるぞという脅ししかないのか。
面倒すぎて、脳内呟きの品がどんどん失われる! 寵愛ってなんだ!? 大仰だな! 単なる子作りだ! 性欲処理だ!
そこから話し合いは平行線を辿り、わたくしを無事に後宮から脱出させる策と、後宮内で権力をもたせる策が共存できないままであった。
「……新しい役職はどうでしょう」
小さいが、戦場で声を張ってきた故のよく通るバリトンボイスが背中から聞こえた。
「アル?」
「アルベルト、申せ」
わたくし達とは違い、疲れを一切見せない顔でこう言った。
「宰相閣下のお力で、陛下のお渡りがなくても後宮に居られてお役御免で退職可能な職務を後宮に設ければ良いのです」
「それよ! それだわ!!」
実際に新役職の設置には、長々と手続きがあるらしい。それを最速で、尚且つ反対は全て宰相と老文官達が押し通すと誓ってくれた。
ここに、へゼルバード王国後宮に新役職が発足することが確約された。
――後宮管理官である。