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誰が為に  作者: 梨乃 二朱
プロローグ
8/21

第七話

 寝付かせる事に一苦労した昨夜だったが、意外なことに目覚めは良好だった。

 アロマテラピー、と言っては何だが、三國日向が傍に居たおかげで、今までに無い程の心地好い朝を迎えられた。


 木羽祐吾は彼女を起こさないようにしながら、朝食の準備に取り掛かる。と言っても、パンを焼いてベーコンエッグを作る程度の簡単なものだ。

 ここ最近のお馴染みメニューで、手際は良いものだ。が、食器を動かしたりベーコンを焼いたりと生活音はどうしても消せない。


「…………ヨーグルト、食べたいです」


 ソファーで眠っていた三國日向が、唐突にムクッと起き上がり、随分な挨拶をした。

 最早、食い意地を張っているとしか思えない。

 しかし、彼女には“冷蔵庫の中身を当てる”という奇っ怪な“能力”があるようで、「ブルーベリーとキウイ、どっちが良い?」と偶然にもヨーグルトの備蓄が二種類も在った。


「キウイはアロエ入ってますか?」


「あぁ、入ってるよ。じゃキウイな」


「いえ、今はブルーベリーの気分です」


「……なら、何故アロエの有無を聞いた?」


「明日食べるからです」


「予定の立て方がお上手で」


「明後日はストロベリー」


「買ってこいって?」


「明明後日はプレーン」


「統一性を持たせてくれ。せめて」


「じゃ、全部五つずつ」


「“じゃ”って何だよ。何の妥協にもなって無いし、無駄に多いし」


「多くありません。貴方は朝に一つ。私は朝に一つ、昼に一つ、三時に一つ、夜に一つ。――ほら、ちゃんと整合性は取れてます」


「…………そだね」


 そんな生真面目な話をしているうちに、朝食が出来上がった。一人分も二人分も同じかと思ったが、少々勝手が違うのは、そもそもキッチンが一人暮らし向けだからだろう。狭くてやりずらい。

 それでも二人分の朝食と、祐吾にコーヒー、三國日向に紅茶を用意してテーブルへ運ぶ。彼女はコーヒーが苦手らしく、朝は専ら紅茶だそうだ。そんな事を覚えているのは、特殊部隊員だからか、単に女々しいからか。


「これ、インスタントじゃありませんね?」


「あぁ、ちょっと前に専門店に寄ることがあって、一つだけ買ってたんだ。まぁ、今の今まで飲む機会が無かったんだが」


 そうですか、と安物のティーカップに入った鮮やかな赤色の液体を見詰めたかと思えば、「あ、半熟」と目玉焼きに興味を移した。

 そんな自分の興味に素直なところが、何となく猫みたいだなといつも思う。


「半熟が嫌いなら、焼き直すが?」


「いえ、そんなことは。ただ、少し拘る方です」


 と言いつつ、ベーコンエッグをパンの上に乗せると、あっという間に平らげてしまった。

 「拘りはどうした?」と聞くと、「空腹には勝てません」と何食わぬ顔で紅茶を啜る。つまり、食えれば何でもいいのか。


「今日はお仕事ですか?」


「あぁ、定時だから晩御飯は作ってやるよ」


「そうですか。――海鮮が食べたいです」


「イカか?」


「…………イカは、暫くは遠慮します」


 イカに優越感を抱いたところで、会話が途切れた。長続きしないのは、いつもの事でどちらも気にしない。

 一人きりで居ることが多い祐吾にとっては、久々に楽しい朝食が取れた。会話をしながらの食事は、空腹以外にも満たされる部分がある。

 それは三國日向にとっても同じであることを、密かに願う祐吾であった。


「目玉焼きにケチャップって邪道じゃ無いですか?」







 食後、片付けを済ませた祐吾は、余った時間を三國日向と共にテレビを見て過ごしていた。

 彼女はソファーに寝転がり、祐吾は畳みに胡座をかきテーブルに頬杖を着いていた。


 テレビでは昨日起こった事件について、ニュースキャスターが淡々とした口調で語っていた。

 内容は、他府県のロッジに宿泊していた四人の男性が、何者かに襲撃されたというものだった。


 被害者の名前が列挙された。うち二人は政治家で、収賄など複数の嫌疑がかけられており、現在捜査中であった。が、各方面に圧力を掛け検挙は難航していたと記憶している。

 後の二人は、警視庁警備部の“SP”だそうだ。恐らくは巻き添えを食ったのだろう。何ともやりきれない。


「飯草満……」


「え?」


 ずっと興味無さげだった三國日向が、被害者の一人の名前を呟いた。殺されたSPの一人だ。

 その声に悲壮のような感情は無く、何か確かめるような声音であった。


「いえ、知り合いの名前に似ていたもので。けど、よく考えればただの地方公務員でした」


「そうか」


 それきり関心を無くした猫のように、クッションを抱き締めてソファーの中で丸くなった。

 似た名前か。日本だけでも一億以上の人間が居れば、同じ様な名前の一つや二つはあるだろう。ただの偶然か。


 ニュースは続き、次いで最近出没する通り魔について、事件現場から中継が入った。

 芒原市の団地が、今回の現場だった。被害者は小学校の教師。


 『魔刀ノ皇帝』というのが通り魔の名前だ。現場にそう書かれた紙が残されていたそうだ。

 被害者のいずれもが、鋭い刃物により胴体を真っ二つにされて死亡している。凶器が刀であることは明白で、五年前の動乱期に世界各地でその名を轟かせた“皇帝”とやり口が似ている為、警察や各機関では同一人物と見て捜査を進めている。

 燕皇帝士は今や世界を救った英雄ではなく、ただの無差別殺人鬼まで失墜してしまった。


「魔刀ノ皇帝、ですか。確か、貴方の同僚でしたね?」


 見ていないと思っていたが、意外と聞いていたようだ。三國日向はクッションで口元を隠しながら、目だけをこちらに向ける。

 少し可愛い。


「戦友でもあり、唯一の親友だ」


「……やりきれませんね」


「そうだな。無実を証明してやれない事が、何とも歯痒い」


「この皇帝は、別人なんですか?」


「どう考えても、な。奴は武器を持たない一般市民とは、決して殺り合わない主義だ。自らに武器を向け、明確に敵と見なした者のみを斬る。――そう、俺と約束したんだ」


「約束?」


「あぁ、約束だ。そして奴は俺と組んでから今まで、それを反故にした事は無い。まぁ本人曰く、人を殺したいんじゃ無くて、命を賭けた殺し合いがしたいらしい」


「なんと、物騒な……」


 三國日向は表情一つ変えず、息を呑んだ。

 一般人からしてみれば、確かに異常者に見える。しかし、動乱期の戦中に身を置いた者からしてみれば、それは正常な部類に入る。

 正規の記録には載っていないが、略奪や虐殺行為は頻繁にあった。

 そしてそれを赦せなかった祐吾は、敵味方関係無く、正義の為に撃った。それも不幸にも、正規の記録には載ってはいない。故に祐吾は裁かれず、一生消えぬ十字架を背負い込むはめになった。


「けど、無実ならどうして名乗り出ないのでしょうか?」


 三國日向の言葉に思考の中に埋没した意識が呼び戻され、祐吾は呆れた風に溜め息を吐いた。


「そうなんだよ。あのバカ、行方を眩ましやがったんだ。これじゃ弁護したくても出来やしない」


 目下、警察も各機関も、そして木羽祐吾も、燕皇帝士の捜索が共通目的である。

 しかし、どうした事か彼はあの日以来、何処かへ消えてしまった。一言も残さず、フラりと。


「何処へ行ったか、分からないんですか?」


「検討もつかない」


 一つだけなら検討がつくが、『裏会』が絡んでいる恐れがあり、迂闊には手出し出来ない。


「案外、旅行に行ってたりしませんか?」


 その何気無い一言に、祐吾は込み上げてくる笑いを噛み殺すのに必死になった。

 それが無きにしも非ずの予想であり、もしも本当にそうならば、彼の行方を血眼になっている各機関は良い笑いものだ。祐吾も含めて。


「……何か?」


「いや、何でも。――おっと、そろそろ出るか」


 会話に夢中になって、出勤すべき時間になっていた事に気が付かなかった。

 祐吾は立ち上がり寝室に行くと、金庫から『コルト・パイソン』を初めとした標準装備品を身に付ける。そしてバイクのキーを引っ掴み、「寝室には入るなよ」と言いながら居間を横断する。――と、その前にと、キッチンシンクの引き出しを開け中を探る。


「昼御飯、作ってくれるんですか?」


「そんな時間は無い。ただ渡すものが…………あった」


 引き出しから取り出したモノを持って、三國日向のもとへ歩み寄る。「ほら、手を出して」と言い、疑問符を浮かべながらゆるゆると持ち上げられた彼女の手を取って、その手のひらに一つの金属片を握らせた。


「――? 何ですか、この鍵?」


「アパートの合鍵だ。出掛ける時に施錠されないのは恐ろしいからな」


 銀色の無骨な鍵を物珍しげに眺める三國日向に「ちゃんと鍵しろよ」と言い置き、出掛けようとする祐吾だが、「ちょっと」と呼び止められた。


「何だ? 昼飯なら、冷蔵庫の中のものを勝手に使ってくれて構わない」


「いえ、そうではなく…………あの、お仕事に行かれるんですよね?」


「他に何処へ行く?」


「いえ、そうですね。そう、ですよね……」


 三國日向はそこで何やら思案を始めた。「何だ? 時間が無いからもう行くぞ」とドアに手を掛ける。


「…………いってらっしゃい」


 しかし、その言葉に体が止まった。

 振り返ると、三國日向はそっぽを向いていた。その耳は真っ赤になっていた。

 祐吾も顔が紅潮するのを感じながら、今度こそ仕事に出掛ける。


「いってきます」


 それは多分、三國日向よりぎこちない言葉だっただろう。

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