第六話
泣きに泣いた三國日向は、唐突に眠ってしまった。泣き疲れてしまったようだ。
祐吾は起こさないよう、慎重に慎重を重ねながらブランケットを彼女に被せ、隣の寝室に逃げ込んでからようやく息を吐いた。ベランダに出て手摺に凭れ掛かり溜め息を一つ。
結局、祐吾はオドオドしているだけだった。
気の利いた言葉も態度も取れず、取りあえずティッシュペーパーを手渡す事しか出来ていなかった。
これほど自分が情けないと思った事は、二十三年の人生の中では数える程しか無い。
彼女が急に大泣きし出したのは、どうやら停職処分を言い渡された時に、何かどぎつい嫌味を言われたようだ。それも一人や二人では無いらしい。
内容は分からないが、そんな風な事を喘ぎながらも言っていた。
いつも自分勝手で外聞なんか気にも留めないような彼女だが、やはり人の子か。辛いことを言われれば、落ち込むし悔しいようだ。
彼女は芒原大学に於いて、異質な部分がある。
若くして助教授の座に着き、提出する論文の全てが高く評価されている彼女を妬む者は、決して少なくは無い。勝手気ままな態度も、良く思っていない年寄りが多い。
そんな輩が、今回の件をきっかけに日頃の鬱憤を晴らしにかかったのだろう。全く、小賢しい。
うん、そうだな、赦せないよな。もし許されるなら、釈明の余地すら与えず撃ち殺してやるのだがな。
殺人の罪で投獄されるのは、リスクが高過ぎるか。
しかし、彼女が泣くような事態になった事には、祐吾にも責任がある。
彼女が悲しまないよう守るつもりだったのが、この様だ。役立たずもいいところだ。
塵紙でも涙を拭うという役割になる。だが、自分はどうだ? それ以下ではないか。
「ちくしょう、としか言えないことにちくしょうだ」
祐吾は日が沈み始めた西空を見ながら、自身の無力さを嘆いた。
「お前、また女泣かせやがったな!?」
不意に怒鳴られ、祐吾は隣室のベランダに視線を移した。
眉間に皺を寄せた女性が、腕を組んだ格好で手摺に凭れ掛かり、こちらを睨み付けていた。
このアパートに人の気配は無かったのだが、いつの間にか帰宅していたようだ。
多分、浮気されたのだろう。妙な男と付き合うのは、底知れぬ器の持ち主で無ければならないらしい。
「大きな声を出すな、権崎。せっかく寝たのに、起こすなよ」
「うるせえ、泣かせるお前が悪い!」
男勝りの口調に、浅黒く日焼けした肌に白いTシャツにジーンズの短パンというボーイッシュな印象を受ける同級生、権崎朱音は、端からこちらを悪党と決め付けているようだ。
前科がある為、仕方がないといえば仕方がないが。
しかし、彼女の興味は泣いた理由以前に、「で、誰なんだ?」にある。
ただの野次馬に過ぎないが、放っておくと暴走するため相手をせざるを得ない。
「つーかお前さ、先月別れたばっかだろ? そんで早くも新しい彼女つくって、早くも破局か?」
「彼女じゃ無いし、破局どころか始まってすら無い」
「始まってすら無い、ってのは、彼女候補ってやつ? 片想い? 片想いか!?」
噂好きの女は、これだから面倒だ。「あぁ、そうだよ」と答えて置かなくても、既に権崎朱音の中ではそういう事になっている。
「ていうか、お前さっきから声が大きい。起きたらどうす―――」
「木羽くん、何処ですかぁ?」
三國日向が目を覚ましたらしく、ろれつの回らぬ声が聞こえてきた。
「ほらみたことか。これだから体育会系は」頭を掻きながら部屋へ戻ろうとするのを、「お、おい! ちょい!」と権崎朱音が引き留める。
「い、今の、三國か?」
「あぁ、そうだ」
「じゃお前、よりにもよって……?」
「そうなるな」
祐吾の衝撃的な発言に唖然となった権崎朱音を他所に、「ワインはもう無いぞ」と応えながら部屋の中へ入っていった。




