第五話
木羽祐吾と燕皇帝士の両名が所属する遊撃特務部隊は特殊部隊だ。
しかし、今や特殊な任務に就く事は無くなった。それどころか、仕事自体が少なくなった。二人だけの特殊部隊に、回ってくる仕事は今の時代は無い、という事だ。
こんな部隊だが、別に人材の墓場というわけではない。ただ単に、世界情勢が見た目は安定し掛けた為に、解体されそれぞれが別の場所に移動させられた結果だ。
祐吾と燕皇のみが残っているのは、学生と病人という常時職務に就けない立場にあるため、移動先が見付からないのだ。
故に、出勤しても急を要するような仕事が無いため定時で帰れるし、土日祝日が休みである事は確実だ。
だから休日は大抵、家に居る。
それを知ってか知らずか、三國日向は祐吾の住むアパートに訪ねて来た。
「停職になりました」
呼び鈴に呼び出されドアを開けて一番、何の感情の起伏もなくそう言われた。
恐らく、開発部の連中が抗議したのだろう。その結果、三國日向は停職処分を言い渡されたのだろう。詰まる所、彼女を守ったつもりで傷付けてしまった、という事だ。
彼女は、祐吾に直接抗議する為にここに来たのだろう。わざわざ住所を調べあげて。
「すまない、善処はしたが根回しが足りなかった。いや、言い訳だな……」
「良いんです。バイオハザード騒ぎを起こしたのは、私の責任ですから」
「いや、それでも…………何だって?」
質問に答えず、三國日向は「お酒ありますか?」と旅行にでも出掛けるようなトランクをドアの影から引っ張りだし、勝手に上がり込む。祐吾は慌ててその肩を掴み、「何があったって!?」と問い質す。
安っぽいドアが、音を立てて閉まった。
「バイオハザード騒ぎですけど?」
「“ですけど”って、そんなしれっと――――」
「“いか”が、腐ってまして」
「いか? あぁ、イカって、烏賊の事か……。え? それだけでバイオハザード騒ぎになるのか?」
「まぁ、場合によりますが。――今回は、第十二能力研究室の近くの研究室で、何かの細菌を培養してたらしくて。あの棟は、使ってないのに使える機材が揃った研究室が幾つかありますからね」
「なるほど。その培養に使うシャーレが割れて細菌が外に漏れ出た、と勘違いされたわけか」
三國日向はソファーにダイブし、「ご明察です」と言った。
彼女、うちに来るの初めての筈だが、何でこんなくつろいでいるんだ?
「たかだかイカにこの騒ぎですよ。全く、“イカ”がなものでしょう?」
「“イカ”んせん、危険な細菌が近くにあったから仕方無いだろ」
「“イカ”にも、貴方らしい見解ですね」
三國日向はクッションを抱き締めながら、ジトッとした視線でこちらを見る。少し、落ち込んでいるようだ。
仕方無いか、と溜め息を着きながら、祐吾はワイングラスと料理用に置いていた赤ワインを持って、ソファーの前のテーブルに置く。
「ていうか、何でうちに来たんだ? それにこの荷物は?」
停職の理由が祐吾に無いのであれば、彼女がここに来る理由は無い筈だ。なのに、彼女はここに来た。
まぁ、大方愚直でも言いに来たのだろう。が、このトランクは何のために?
「あ、荷物はその辺に置いといて下さい」
「いや、だから……」
「暫く、お世話になります」
「は!? 一体、何言って――!?」
「私、この町に友達居ません」
「あ? ……まぁ、俺も一人しか居ないから何とも言えないが」
「家族は、遠くて会いに行くだけでも、交通費がバカになりません」
「あぁ、そういえば海外って言っていたな? ヨーロッパだっけ?」
「だから、この町の知人は貴方しか居ないんです」
「そうか。だから、どうした?」
「……孤独は、辛いんです。こんな時は特に」
それを聞いて、祐吾は黙ってワイングラスに赤い液体を注ぐ手を止めた。
気持ちは分からないわけでは無い。失敗した時は、一人になりたい時と誰かと居たい時の二つある。が、どちらを取っても結局は誰かと何気無い話がしたくなるものだ。辛くて寂しいから。
「…………分かった。あんたが居たいって言うなら、気が済むまで居て良い。話し相手くらいには、なってやるよ。だが、俺も男という事を忘れるないようにな」
ワイングラスを差し出しながら、祐吾は渋々ながら了承した。
何もする気は無いが、絶対とは言い切れない。何せ片想いの人が直ぐ傍に居るのだから、酔った勢いでどうにかなってしまうかも知れない。
三國日向はクッションを抱えたまま体を起こして座り直すと、何か言いたげな瞳を祐吾に向けてきた。
「どうした?」と問い掛けると、彼女は勢いよくクッションを放り投げ、せっかくワイングラスに淹れたワインを無視しビンを掴むとグイッと仰いだ。
「またそんな飲み方して……」
そんな言葉など届いていないのか、一気に半分近く飲みきるとダンッ、と音を立ててビンをテーブルに置いた。
顔を下に向けながら、息だけが荒い。
「…………ぐうぅぅ」
かと思ったら、急に唸り始めた。
「だ、大丈夫か?」今までに無い反応に、祐吾は心配になり声を掛ける。
それに反応して上げた彼女の目が、決壊寸前のダムのようで、祐吾は言葉を失った。
何処か濡れているようだと思ったのは、そう言う事だったのか。そう、冷静で居た自分が理解する。
「何でそんなに優しいんですかぁぁぁぁぁ! わあぁぁぁん!」
「え!? ちょっ、えぇ!?」
恐らくプレイボーイならば、こんな時は優しく抱き締めるなり、気が済むまで泣かせてやったりと、男の在り方らしい対処法を取るだろう。
だが、女性経験の少ない祐吾は、ただひたすら「な、泣かないでくれよ」と懇願することしか出来なかった。




