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誰が為に  作者: 梨乃 二朱
プロローグ
5/21

第四話

 毎度思うが、この人はよく食べる。

 リラクゼーションスペースに居を構える喫茶店に入って三十分ほど経ったが、既に十枚の皿が積み上がっていた。言うまでもなく、三國日向が全て食べたものだ。

 その様子を見ていた木羽祐吾は、お冷やを一杯しか飲んでいないにも関わらず、胸焼けがして仕方が無かった。


「おい、大丈夫なのか……?」


「平気です。まだ時間ありますから」


 チーズケーキの乗った皿を持ち上げ、キリッとした眼差しを祐吾に送る。

 この表情を、普段の講義からしてほしいものだ。講義をしている時の彼女は、黒板を多用しつつ口頭で要点を的確に説明するのだが、それが何ともやる気無さげなのだ。


 それはそうと、ここでの論点は時間では無い。


「腹にそんな詰め込んで、これから仕事出来るのか聞いているんだ」


「別にいいんです。…………ただのお飾りですから、私」


「お飾り?」


 表情こそ無かったが、その声には僅かながら不平不満の色が窺えた。

 止せばいいのに、「どういうことだ?」と妙な正義感に突き動かされてしまった。


「ここの開発チームの方々は、専門家の意見なんてどうでもいいんです。重要なのは、専門家がその場に居たという事実だけ」


「そうすれば、正式に認可されやすいって?」


「まぁ、そう言うことです」


「で、何か不都合があれば、責任はあんたにあるって?」


「まぁ、そう言うことです」


 まるで他人事のように、三國日向は答えた。

 あぁ、本当に止せば良かった。彼女をよく知らぬ者が聞けば、本当に他人事のように喋っているようにしか見えないだろう。

 しかし祐吾は、三國日向という女性のことを愛し、そして己が能力のせいで感情の機微を読み取れてしまう。いや、能力なんて無くても、彼女が今、自身の冷遇さを不満に思っていることや、怯えていることが、ハッキリと分かってしまった。


 だから、こんな事を言ってしまうのだろう。


「帰るぞ」


「え?」


 この時、彼女は本当に驚いていた。その証拠に、両の瞳が見開いていた。


「そんな仕事なんて、無視しちまえ」


「え? いや、でも開発が……」


「そんな適当な仕事されて、現場の人間に被害が出てからじゃ遅い。あんたが居なければ、認可も厳しくされるだろうし、それでいいんだ」


 聞くまでも無く、祐吾は知っていたのだ。

 能力調査局の開発部が、成果を挙げる為にどんな事をしているのかを。開発部に知人が居る祐吾は、よく知っていた。

 世界が動乱期だった時代に比べ、今や兵器の開発には厳しい審査が設けられるようになった。弾丸一発でさえ、認可されるまでかなり時間を要する。

 しかし、アドバイザーとして大学教授や助教授が開発に携わっていた、という記録が在れば、審査が甘くなり通りやすくなるという妙なルールが存在する。


 今の三國日向の立ち位置が、その典型だ。

 大方、大学からは何か問題があっても守ってやる、とでも言われているのだろう。口約束の、守る気の更々無い保証と知っていながら、彼女はここにいる。

 それも、祐吾には納得行かなかった。


「それはそうですけど、私が出なきゃ大学の補助金が――」


「そんなものほっとけ! らしくない! 第一、あんたみたいな良い人間が傷付く必要は無いんだよ!」


 激昂にテーブルを叩き、柄にもなく声を荒らげていた。

 店内がざわめき、祐吾と三國日向に視線が集まる。


「…………」


「…………クソッ、何を唖然としてんだよ」


 照れを隠す意も込めて、目を丸くして口を半開きにした三國日向を責める。

 本当、頼むから何か言ってくれないと、視線が痛いだろうが。


「あ…………驚きました……」


「あぁ、見れば分かる」


「……ガトーショコラ、いりますか?」


「甘いものは苦手なんだよ」


 「そうですか」とケーキとにらめっこしながら、三國日向はぽつりと言う。

 スイーツは好きだ。が、嫉妬心を無視できず食べられないでいる。……情けない事に。


「今日、電車で来ました」


「日焼け、気にしてるんじゃないのかよ」


「免許無くしたんです」


「免停か?」


「違います。落としたんです」


「落としたって……」


「鍵も無くなったんです」


「……何があった?」


「それも一夜のうちに。不思議ですよね?」


「酔っ払ってただけだろ、それ」


「そんなに飲んだ覚えはありません」


「だろうな。酔い潰れて」


 三國日向はムッと眉間に皺を寄せる。が、ケーキをかじるだけで、何も言わなかった。

 反論する材料がなかったようだ。


「……送って下さい」


「あぁ、いいよ」






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