第四話
毎度思うが、この人はよく食べる。
リラクゼーションスペースに居を構える喫茶店に入って三十分ほど経ったが、既に十枚の皿が積み上がっていた。言うまでもなく、三國日向が全て食べたものだ。
その様子を見ていた木羽祐吾は、お冷やを一杯しか飲んでいないにも関わらず、胸焼けがして仕方が無かった。
「おい、大丈夫なのか……?」
「平気です。まだ時間ありますから」
チーズケーキの乗った皿を持ち上げ、キリッとした眼差しを祐吾に送る。
この表情を、普段の講義からしてほしいものだ。講義をしている時の彼女は、黒板を多用しつつ口頭で要点を的確に説明するのだが、それが何ともやる気無さげなのだ。
それはそうと、ここでの論点は時間では無い。
「腹にそんな詰め込んで、これから仕事出来るのか聞いているんだ」
「別にいいんです。…………ただのお飾りですから、私」
「お飾り?」
表情こそ無かったが、その声には僅かながら不平不満の色が窺えた。
止せばいいのに、「どういうことだ?」と妙な正義感に突き動かされてしまった。
「ここの開発チームの方々は、専門家の意見なんてどうでもいいんです。重要なのは、専門家がその場に居たという事実だけ」
「そうすれば、正式に認可されやすいって?」
「まぁ、そう言うことです」
「で、何か不都合があれば、責任はあんたにあるって?」
「まぁ、そう言うことです」
まるで他人事のように、三國日向は答えた。
あぁ、本当に止せば良かった。彼女をよく知らぬ者が聞けば、本当に他人事のように喋っているようにしか見えないだろう。
しかし祐吾は、三國日向という女性のことを愛し、そして己が能力のせいで感情の機微を読み取れてしまう。いや、能力なんて無くても、彼女が今、自身の冷遇さを不満に思っていることや、怯えていることが、ハッキリと分かってしまった。
だから、こんな事を言ってしまうのだろう。
「帰るぞ」
「え?」
この時、彼女は本当に驚いていた。その証拠に、両の瞳が見開いていた。
「そんな仕事なんて、無視しちまえ」
「え? いや、でも開発が……」
「そんな適当な仕事されて、現場の人間に被害が出てからじゃ遅い。あんたが居なければ、認可も厳しくされるだろうし、それでいいんだ」
聞くまでも無く、祐吾は知っていたのだ。
能力調査局の開発部が、成果を挙げる為にどんな事をしているのかを。開発部に知人が居る祐吾は、よく知っていた。
世界が動乱期だった時代に比べ、今や兵器の開発には厳しい審査が設けられるようになった。弾丸一発でさえ、認可されるまでかなり時間を要する。
しかし、アドバイザーとして大学教授や助教授が開発に携わっていた、という記録が在れば、審査が甘くなり通りやすくなるという妙なルールが存在する。
今の三國日向の立ち位置が、その典型だ。
大方、大学からは何か問題があっても守ってやる、とでも言われているのだろう。口約束の、守る気の更々無い保証と知っていながら、彼女はここにいる。
それも、祐吾には納得行かなかった。
「それはそうですけど、私が出なきゃ大学の補助金が――」
「そんなものほっとけ! らしくない! 第一、あんたみたいな良い人間が傷付く必要は無いんだよ!」
激昂にテーブルを叩き、柄にもなく声を荒らげていた。
店内がざわめき、祐吾と三國日向に視線が集まる。
「…………」
「…………クソッ、何を唖然としてんだよ」
照れを隠す意も込めて、目を丸くして口を半開きにした三國日向を責める。
本当、頼むから何か言ってくれないと、視線が痛いだろうが。
「あ…………驚きました……」
「あぁ、見れば分かる」
「……ガトーショコラ、いりますか?」
「甘いものは苦手なんだよ」
「そうですか」とケーキとにらめっこしながら、三國日向はぽつりと言う。
スイーツは好きだ。が、嫉妬心を無視できず食べられないでいる。……情けない事に。
「今日、電車で来ました」
「日焼け、気にしてるんじゃないのかよ」
「免許無くしたんです」
「免停か?」
「違います。落としたんです」
「落としたって……」
「鍵も無くなったんです」
「……何があった?」
「それも一夜のうちに。不思議ですよね?」
「酔っ払ってただけだろ、それ」
「そんなに飲んだ覚えはありません」
「だろうな。酔い潰れて」
三國日向はムッと眉間に皺を寄せる。が、ケーキをかじるだけで、何も言わなかった。
反論する材料がなかったようだ。
「……送って下さい」
「あぁ、いいよ」




