第二話
税金の無駄遣いは、市民のストレスの種だが、個人にとっては真逆だ。これほど、ストレス解消する術を他に知らない。
マグナム拳銃を思うがままにぶっ放つのは、わりと爽快なものだ。
「ほぼ中心点を撃ち抜いているな。六発中、三発命中ならまずまずだ」
「燕皇か。お前、倒れてから目が悪くなったんじゃ無いのか?」
振り返らずとも、人を褒めるとも蔑むともつかぬ口調、その身に染み付いた血の臭いと病院独特の薬品臭で誰かは分かる。そして振り返って確信を得た。
白髪混じりの黒い髪に痩せた頬、少し澱んだ焦げ茶の瞳をし、漆黒のスーツ、禍々しく歪曲した刀を左腰から下げた青年こそ、能力調査局・芒原支部のエース特殊部隊員、人呼んで『魔刀ノ皇帝』こと燕皇帝士だ。
「ハァン? 同じ穴に撃ったのか。やるねぇ」
「そりゃどうも。具合悪そうだが、自主退院か?」
「いんや、夜には戻るつもりだ。煩い奴が二人居るからな」
燕皇は肩を竦ませ、やれやれと溜め息を吐く。
彼は今、不治の病に苦しんでいる。病名は知らないが、上位能力覚醒者が十万分の一の確率でかかる病らしい。『一億円は当たんねぇのに』とは、病状を知らされた時に彼の発した言葉だ。
二十歳の春は越せないと言われていたが、今、彼の年齢は祐吾と同じく二十三だ。剣術で鍛えた体が、病気への抵抗力を高めているらしい。それが皮肉にも、彼を更に苦しめている。
ほぼ毎日悪化していく病気と共に生きるというのは、想像を絶するほど辛いものだろう。
「また豪遊か。ほどほどにしないと、女に逃げられるぞ」
「そんくらいで逃げるような女なら、とっくに縁が切れてるよ。ま、今日は遊びに脱け出したわけじゃ無い。ちょっと相棒の恋愛事情が気になってね」
そう言って燕皇は人の良い笑みを浮かべた。結局、遊びに脱け出したわけだ。この死にかけている男の相棒なんて、木羽祐吾の他に勤まらない。
要するに、彼は入院生活が退屈だから、祐吾をからかいに来たのだ。わざわざ、病気に苦しむ体を圧して。
「んで、どうなんだよ? あの大学教授さんとは?」
「教授じゃ無くて助教授。――どうもこうも、エライ事になった」
祐吾は先日の顛末を簡潔に説明した。
すると燕皇は、パチパチと柏手を打った。
「良かったじゃないか。これで相思相愛。めでたしめでたしだ」
「ちっとも良くない。俺は一生徒で向こうは助教授。釣り合わないしモラルに反する」
「お前は生徒である前に男、その助教授も女だ。どっちもフリーだし、安定した職もある。何の問題も無いだろ?」
「それだけじゃない。問題は俺が……」
「何だ?」
「いや、別に……」
言おうとして口を噤み、「それはそうと」と別の問題を定義する。
「不味いことに彼女、自分が何やったか覚えてないそうだ。二日酔いでクラクラしてやがった」
そう。あの日、夜が明けてからちゃんと話し合おうとしたのだが、三國日向は何にも覚えてないと言って、水を要求してきた。
ちょっと、本気で怒ろうかと思ったが、二日酔いが酷そうだったから止めておいた。ほんの僅かな音でも頭に響いていたようだし。
「本当に覚えてないのかねぇ?」
「本当に覚えてないみたいだった」
本当は覚えていました、なんて後から言われるとそれこそ怒鳴り付けてやろう。
そんな話をしていたからか、懐から『ボレロ』が鳴り出した。ある日、彼女がバックグラウンドミュージックとして流していたのだが、よく似合っていたので着信音に採用した。因みに、メールの着信音は猫の鳴き声だ。自分勝手なところがそっくりだから。
「噂をすれば何とやら、か?」
「からかうな。――暇なのか?」
燕皇に断りを入れ、祐吾は通話ボタンを押した。すると即、「ロビーに居ます」とだけ言われて切れた。
ロビーって、何処の?
「どうした?」
「いや、どっかのロビーに居るみたいでさ」
「ロビーねぇ。案外、うちのロビーだったり」
「まさか、そんな……」
いくらなんでも、こんなところまで足を運ぶような殊勝な人ではない。というより、用件が無いだろう。
「有り得ないな」と鼻で笑った祐吾を、ロビーに呼び出す館内アナウンスが流れたのは、その直後であった。




