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誰が為に  作者: 梨乃 二朱
プロローグ
3/21

第二話

 税金の無駄遣いは、市民のストレスの種だが、個人にとっては真逆だ。これほど、ストレス解消する術を他に知らない。

 マグナム拳銃を思うがままにぶっ放つのは、わりと爽快なものだ。


「ほぼ中心点を撃ち抜いているな。六発中、三発命中ならまずまずだ」


「燕皇か。お前、倒れてから目が悪くなったんじゃ無いのか?」


 振り返らずとも、人を褒めるとも蔑むともつかぬ口調、その身に染み付いた血の臭いと病院独特の薬品臭で誰かは分かる。そして振り返って確信を得た。

 白髪混じりの黒い髪に痩せた頬、少し澱んだ焦げ茶の瞳をし、漆黒のスーツ、禍々しく歪曲した刀を左腰から下げた青年こそ、能力調査局・芒原支部のエース特殊部隊員、人呼んで『魔刀ノ皇帝』こと燕皇帝士だ。


「ハァン? 同じ穴に撃ったのか。やるねぇ」


「そりゃどうも。具合悪そうだが、自主退院か?」


「いんや、夜には戻るつもりだ。煩い奴が二人居るからな」


 燕皇は肩を竦ませ、やれやれと溜め息を吐く。

 彼は今、不治の病に苦しんでいる。病名は知らないが、上位能力覚醒者が十万分の一の確率でかかる病らしい。『一億円は当たんねぇのに』とは、病状を知らされた時に彼の発した言葉だ。


 二十歳の春は越せないと言われていたが、今、彼の年齢は祐吾と同じく二十三だ。剣術で鍛えた体が、病気への抵抗力を高めているらしい。それが皮肉にも、彼を更に苦しめている。

 ほぼ毎日悪化していく病気と共に生きるというのは、想像を絶するほど辛いものだろう。


「また豪遊か。ほどほどにしないと、女に逃げられるぞ」


「そんくらいで逃げるような女なら、とっくに縁が切れてるよ。ま、今日は遊びに脱け出したわけじゃ無い。ちょっと相棒の恋愛事情が気になってね」


 そう言って燕皇は人の良い笑みを浮かべた。結局、遊びに脱け出したわけだ。この死にかけている男の相棒なんて、木羽祐吾の他に勤まらない。

 要するに、彼は入院生活が退屈だから、祐吾をからかいに来たのだ。わざわざ、病気に苦しむ体を圧して。


「んで、どうなんだよ? あの大学教授さんとは?」


「教授じゃ無くて助教授。――どうもこうも、エライ事になった」


 祐吾は先日の顛末を簡潔に説明した。

 すると燕皇は、パチパチと柏手を打った。


「良かったじゃないか。これで相思相愛。めでたしめでたしだ」


「ちっとも良くない。俺は一生徒で向こうは助教授。釣り合わないしモラルに反する」


「お前は生徒である前に男、その助教授も女だ。どっちもフリーだし、安定した職もある。何の問題も無いだろ?」


「それだけじゃない。問題は俺が……」


「何だ?」


「いや、別に……」


 言おうとして口を噤み、「それはそうと」と別の問題を定義する。


「不味いことに彼女、自分が何やったか覚えてないそうだ。二日酔いでクラクラしてやがった」


 そう。あの日、夜が明けてからちゃんと話し合おうとしたのだが、三國日向は何にも覚えてないと言って、水を要求してきた。

 ちょっと、本気で怒ろうかと思ったが、二日酔いが酷そうだったから止めておいた。ほんの僅かな音でも頭に響いていたようだし。


「本当に覚えてないのかねぇ?」


「本当に覚えてないみたいだった」


 本当は覚えていました、なんて後から言われるとそれこそ怒鳴り付けてやろう。

 そんな話をしていたからか、懐から『ボレロ』が鳴り出した。ある日、彼女がバックグラウンドミュージックとして流していたのだが、よく似合っていたので着信音に採用した。因みに、メールの着信音は猫の鳴き声だ。自分勝手なところがそっくりだから。


「噂をすれば何とやら、か?」


「からかうな。――暇なのか?」


 燕皇に断りを入れ、祐吾は通話ボタンを押した。すると即、「ロビーに居ます」とだけ言われて切れた。

 ロビーって、何処の?


「どうした?」


「いや、どっかのロビーに居るみたいでさ」


「ロビーねぇ。案外、うちのロビーだったり」


「まさか、そんな……」


 いくらなんでも、こんなところまで足を運ぶような殊勝な人ではない。というより、用件が無いだろう。

 「有り得ないな」と鼻で笑った祐吾を、ロビーに呼び出す館内アナウンスが流れたのは、その直後であった。

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