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誰が為に  作者: 梨乃 二朱
エピローグ
21/21

終話

 鳴海翔梧は公園でぼんやりと時間を費やしていた。

 最近は、よく眠れていない。彼女の事ばかりを考えるからだ。

 朱鳥来美と名乗った“Dシリーズ”のホムンクルス、ドミニオン。主天使の名に相応しく優しく思い遣りのある少女。

 鳴海翔梧が、初めて恋をした相手だ。


 世間は翔梧を名探偵なんて持て囃し、今までバカにしていた連中は手のひらを返し、まるでヒーローのように喧伝する。

 しかし、そんな大層なものではない。世間では翔梧が偽皇帝事件を解決へ導いたように言っているが、それは木羽祐吾が自身の手柄を全て翔梧へ押し付けた為、そうなってしまっただけだ。実際、翔梧だけでは解決なんて出来なかっただろう。


 何より、翔梧は目の前で、彼女に死なれてしまった。

 自殺されたのだ。

 直ぐ手の届く距離に居たにも関わらず、彼女を止めることは叶わなかった。

 好きになった女一人、満足に守ることも助けることも出来なかった。


 とんだ役立たずだ。

 何が探偵だ。何の役にも立たない癖に、粋がってんじゃねぇよ。


 そんな自己嫌悪に陥り自分を苛めた果てに行き着く答えは、いつも同じだった。

 もう一度、ほんの少しでも良いから会いたい。もし、今ここで死を選べば、彼女に会えるのだろうか。


「いや、ナンセンスだ。それは」


 死を選ぶのは、それこそ彼女に対する冒涜になる。

 死んだところで仮に会えたとしても、翔梧を殺したくない一心で自らの腹を貫いた彼女に、顔向けが出来ない。


「つまり、行き着くとこまで生きなければならない、か」


 いつもの答えに辿り着いたところで、翔梧はふと公園の入り口から入ってくる女性が目に付いた。

 鍔の広い帽子を被り、薄手ながら長袖を着た女性は、確か木羽祐吾の恋人……未満の助教授、三國日向だ。


 木羽祐吾は四年近くの付き合いらしいが、翔梧が彼女と初めて出会ったのは一週間ほど前、野暮用で彼のアパートを訪れた時だ。

 てっきり恋人と同棲しているのかと思いきや、ただの居候と聞いて、大人の複雑な事情なのだな、と適当に流したのを覚えている。


 挨拶でもしようか、と翔梧は立ち上がり、三國日向の元へ歩いていく。

 彼女は何か気になるものがあったのか、ジャングルジムをじっと見詰めている。


「三國先生、お久しぶりです」


 声を掛けると、三國日向は一瞬警戒の色を見せた。が、直ぐに思い至ったのか、「あぁ、覚えてますよ。あの時の確か……」と柏手を打った。

 だが、それ以上、言葉は出て来ない。まるで時間が止まったように、無表情のまま微動だにしなくなった。


「あの、俺は――」


「ちょっと待って下さい、思い出しますから」


 言葉を遮った三國日向は、また微動だにしなくなった。

 どうやら、覚えて無かったようだ。まぁ、一度しか会ってないし、仕方が無いといえば仕方が無い。

 しかし、これは考えているのだろうか?


「えっと、確か……ラーメンの具材の……」


 ラーメン? ラーメンって、あのラーメン?

 あぁ、なるほど、そういう事ね。

 彼女は多分、連想ゲームみたいに名前を覚えているようだ。

 鳴海翔梧から連想されるラーメンの具材と言えば、恐らく、白地に赤い渦がぐるぐると描かれた、必ず入っている定番の――――


「あ、思い出しました。――“メンマ”くんです」


「あれ!?」


 メンマ!? “ナルト”じゃなくて“メンマ”!?

 しかも、決め付けちゃってるし。


「で、どうしたんですかメンマくん?」


「あ、いや、お見掛けしたのでご挨拶でもと……」


「そうですか。メンマくんは律儀ですね」


 この人、“メンマ”で貫き通す気か?

 いや、貫き通すも何も、それが名前と思い込んでいるのだから、直ることは無いだろう。しかし、直して貰わねば困る。


「あのですね。実を言うと俺の名前は…………」


「あ、そう言えば、すっかり有名人ですね? テレビとかにも出ちゃったり」


 ほんの僅かに唇の端を吊り上げ、翔梧の快挙を讃えてくれた。

 気持ちは嬉しいが、テレビや雑誌では実名が報道された筈なのに、何で名前を覚えてくれてないんだろう、という疑問が気になって素直に喜べない。


「でも、何か浮かない顔してましたね?」


「え? まぁ、俺はヒーロー何かじゃ無いですから……」


 ぼんやりした感じなのに、意外と見ているものだ、と翔梧は少し感心した。


「紛れもなくヒーローですよ。次なる犠牲者を未然に防いだのですから」


「だけど、その為に一人の人間が死にました。俺の目の前で」


「それは最善の選択でしょう。あの場で死んでいなければ、偽皇帝を演じていたホムンクルスは、記憶を操作されて何処かの戦場へ送られていたでしょうし」


 三國日向は表情ひとつ変えない。

 それは、翔梧にも分かっていた。ホムンクルスは所詮、人間にとっては殺人人形でしかない。もし、あの場でドミニオンが生き残ったとしても、裏会に保護され再調整を受け、人を殺す為に戦場へ送られる。

 分かってる、分かってるけど、それでも――――


「それでも、死ぬことは無かった。回りが助けてやれば良かったんだ……」


 それは例えば翔梧、例えば木羽祐吾、例えば“人形遣い”。

 あの場に於いて、少なくとも翔梧はあの子の味方であった。だから、何としても止めなければならなかった。


「多分、彼女がただのホムンクルスなら助けられたかも知れません。けど、彼女には心という機能がありました。――メンマくんは、人を殺した事、ありますか?」


「いや、撃った事はあるけど、流石に殺した事は無いです」


「私もありません。だから、殺人者の気持ちは分かりません。――多分そのホムンクルスさんは、メンマくんと一緒に生きる方法を考えたかと思います。けど、人殺しである自分に、その資格は無いという結論に至ったのでしょう。元より、ホムンクルスである自分に、人並みの生き方を手に入れる事は不可能だとも。ならばせめて、好きな人に看取られながら死にたかったのだと思います。自分の事を人間と、一人の少女として見てくれる方に、抱かれながら死にたかったのだと思います」


 それは心に従った行動だ、と無表情の瞳が語っている。

 三國日向の言葉の一言一言は、翔梧の胸に傷を付けていった。それは決して癒えない傷として、一生残るかも知れない。


「人として生きられないから、人として死んだ。そんな馬鹿な選択が、あってたまるものか。人で無いから、何だというのか。人を殺したから、何だというのか。例え化け物であっても、そんなこと笑い飛ばしてやる。例え殺人鬼であっても、その罪を一緒に背負って生きてやる。だから、死ぬ必要は無かったんだ。生きていて、良かったのに」


「それは、メンマくんの主観です。ホムンクルスさんの気持ちは、考えましたか?」


 また、傷が増えた。

 そうだ、翔梧は自分の気持ちばかりを優先し、ドミニオン……朱鳥来美の気持ちを考えもしなかった。


 彼女は殺し屋として任務を遂行しながらも、心は一人の少女のままだった。

 ドミニオンという人形の殻に生まれた、朱鳥来美という心。

 その心は、大量殺人という事実を背負って生きる辛さ、そして自分がホムンクルスであるという苦しさを理解してしまっていた。


「ホムンクルスさんは、命令に背いてまでもメンマくんを守ったそうですね? 死を選ぶ事の是非は私には分かりません。けど、その気持ちは否定しないであげて下さい。メンマくんが自分を非難するという事は、彼女の気持ちを蔑ろにしているのと同じ事なのですよ?」


 あくまでも無表情のまま、三國日向は穏やかに言った。

 ホムンクルスである彼女は、自らの正体を知った人間を殺さなくてはならなかった。

 けれど、朱鳥来美という少女の心は、それを赦さなかった。

 他でも無い、翔梧を生かす為に、ドミニオンを道ずれに死を選んだのだ。


 それは赦される事では無いが、非難はしない。

 恐らく、生後数ヵ月も無い彼女には、人生経験が圧倒的に不足していたのだ。それが原因で、他に良い方法を考え付けなかっただろう。


 だからこそ、助けが必要だった。

 年長者として、もっと何か助言をすべきだった。それは、誤魔化しようの無い、明確な事実だ。


「まぁ、どんなに綺麗事を並べても所詮は綺麗事です。気休め程度にしか効果は発揮されないでしょう。自責は、好きなだけやって下さって結構です。ですが、どうかそこから学び、成長して下さい。メンマくんを想って死を選んだ、彼女の為にも」


 三國日向の助言は、そこで終わった。

 結局、彼女は失敗から学べ、と言って締めくくったのだった。

 有り体の言葉だ。しかし、それ以外に今の翔梧の背中を押す言葉は、他に無いだろう。


「そうですね。今回の一件から――――」


「喋りすぎて喉が渇きました。あ、折角ですから、お祝いしましょうか。ささやかながら」


「あ、ども……」


 全く、どのタイミングで何を言い出すのやら。

 この人の考えは、よく読めない。先ず、ペースを全て持っていかれる。


 今だって、ミニボトルの紅茶を上品に飲んでは、「買った時は冷たかったんですよ?」とどうでもいい報告をする。

 そう言えば、前回会った時はこんなずれた感覚は無かったのだが、何で今日はずれてるように感じるのだろう? 木羽祐吾の存在の有無だろうか?


「あ、二人だけというのもあれですので、一人追加しましょうか。――それにしても、今日は知ってる人によく出会います。ついさっきも、“温室効果ガス”さんとも出会いましたし」


 そう言って携帯電話を取り出し、何処かへ掛け始めた。

 十中八九、木羽祐吾だろうな。

 ところで、“温室効果ガス”さんというのは人間なのだろうか?


「…………メンマくんのお祝いをしたいので、ブックカバーさんが働いてる喫茶・金属毛玉まで来てください。時間は、今から十分程後です」


 一体私は、今から何処へ連れ込まれるのでしょうか?

 何なんだ? 喫茶・金属毛玉って、それはこの芒原の街にある喫茶店なのか? ブックカバーさんは日本人なのか?

 て言うか、それで伝わったの?


「来るそうです。では、行きましょうか?」


「あ、伝わるんだ……」


 あくまでマイペースな三國日向に続き、翔梧も歩き出したその時、ジャケットの内ポケットに入れていた携帯端末が着信を告げた。


 三國日向に断りを入れ、携帯端末を取り出す。ディスプレイには、木羽祐吾とあった。

 本当に伝わっていたんだ、と感心ともつかぬ感情を抱きながら通話の表示をタッチする。


「鳴海翔梧か?」


「あ、木羽さん。すみません、ちょっと助けて下さい」


「ははっ、気持ちは分かる。だがな、夏場の屋外で彼女と遭遇するなんて、随分とラッキーなんだぞ?」


 何が面白いのか、電話の向こうの木羽祐吾の声は、少し踊っていた。


「まぁ、分かりやすく表すなら、ツチノコと遭遇するくらいかな。良いことあるぞ、きっと」


「ツ、ツチノコって……未確認生物と同レベルなんですか? あの人、一体何者ですか……?」


「暑さに弱い彼女は、夏場は大抵引き篭もってるのさ。――と、それは置いとくとして、解説が欲しいんだろ?」


「あ、はい。そうなんですよ。俺は今から、何の世界へ連れていかれるんですか?」


「大袈裟だ。彼女が行きたいのは、府摘栞がアルバイトしている喫茶・銀猫だ」


 本当、よく伝わったものだ。

 四年越しの片想いは、伊達ではないという事か。

 何か、もどかしくなってきた。木羽祐吾の煮え切らない態度に。


「て言うか、どういう原理でこんな事に?」


「メンマってのは、鳴海というのがラーメンの具材に似てるなって思った時に、メンマが食べたくなったんだろう。ブックカバーは、府摘栞の栞から本に挟む“しおり”を連想した時、俺の文庫本に使ってるブックカバーがボロボロだったことを思い出したんだろうな」


 なんという思考回路か。これが天然というのだろうか?

 そして、それを理解できる木羽祐吾の推理力に感服してしまう。


「金属毛玉はどうなんですか?」


「銀猫を銀製の猫と勘違いして、吐き出す毛玉は金属製なんだろうな、とでも思ったんだろうな」


 凄い、とにかく凄い。

 何だろう、この人、よく今まで生きてきたものだ。


「あ、それはそうと、事後報告があるんだ。お前は一応当事者だからな。知っておくべきだろうと思って。――と言っても大したことは分かっちゃいない。極秘利に処理するつもりらしいから」


「それでも、分かっていることを教えて下さい」


「まぁ、本当に少ないんだがな。とにかく、分かっていることは、飯草満は死んでおらず、死を偽装してまでやらなければならない事があった」


「それが、今回の偽皇帝事件ですか?」


「そのようだ。それで、つい先日、合同本部の連中が居所を掴んだらしい。が、踏み込んだ時には既に藻抜けの空。結局、取り逃がしたらしい」


「後手後手ですね……」


「俺達みたいな政府の犬は、常に後手後手なのさ。まぁ、収穫はあったらしい。飯草満は逃走する際、相当慌てていたらしく、最低限の貴重品以外は全て部屋に置きっぱなしだったそうだ。で、その中には政治家の汚職事実が緻密に書かれた報告書が置いてあったんだと。他にも反政府組織についての資料も、たんまりと」


「わざとですね?」


「だろうな。戦場ではよく使われる手の一つだ。軍が基地を放棄し戦略的撤退を行う際、わざと物資などの一部をそのままにしておく。基地を略奪した敵軍の兵士は、当然その中身を調べるだろうからな。大抵、その中身は爆弾かコンピューターウィルスか、偽情報さ」


 産業スパイでも似たような手口を使う。

 あるオフィスに侵入した際、そのオフィス内の電子機器をほとんど破壊する。その中でコンピューターの一台だけ壊し損ねたふりをして放置しておく。社内の連中は、これ幸いとそのコンピューターからデータを吸い出そうとネットワークに接続した瞬間、社内の電子機器はほぼ全てウィルスに感染する。

 残されたコンピューターに、ウィルスが仕込んであったからだ。


「“トロイの木馬”ですか」


「だろうな。ま、今回のは全て信に足りる情報ばかりだったらしい。検察やらが子供みたく喜んでいたぞ?」


「それで、飯草満が所属していたと思われる組織については?」


「それについての情報は全くない。俺に入らないのではなく、本当に分かってないのだと思われる。何せ、軽んじられがちな一般犯罪に組織的に粛清ような組織は、他に例をみないからな」


「そうですか……他に情報は?」


「いや、それだけだ。まだ捜査は始まったばかりのようだしな。何か分かり次第、また連絡するよ」


 そこまで神妙に話していた木羽祐吾は、「ところで、どうだ気分は?」と声色を軽くした。


「三國日向と会話すると、気分が和らがないか?」


 そう言えば、と翔梧は自分の心境が心なしか和らいでいる事に気が付いた。


「そうですね、少しだけ軽くなりました」


「それは良かった」


「けど、なんか不思議ですね。途中から、悩み事なんて頭に無かった」


「それは、彼女と話をしていると悩み事で悩んでる余裕が無くなるからだ。ほっとけ無くて」


 あぁ、なるほど、と翔梧は納得した。

 確かに、あんな特殊な名前の覚えかたをした人を、放って置くことは出来ない心境になってしまう。不安過ぎて。

 けど、そのお陰で悩み事から思考を切り離す事が出来た。もしかすると、それが木羽祐吾が三國日向を愛する理由なのかも知れない。


「今から喫茶店へ向かうが、少し遅れると伝えてくれ。ちょっと野暮用が出来た」


「分かりました。ところで木羽さん」


「何だ?」


「温室効果ガスさんって何か分かりますか? 地球温暖化の原因以外で」


 その問いに対して、木羽祐吾は間髪入れずに「それは燕皇の事だ」と答えた。


「燕皇って、本物の皇帝サマの燕皇帝士ですか?」


「そうだ。奴が帰ってきてな。何でも、国内温泉巡りっていって、旅行に行っていたらしい。こっちがどんだけ忙しかったかも知らないで、迎えに来てくれと抜かしやがって」


 木羽祐吾は恨めしげに言った。

 偽皇帝事件で一番気を揉んでいた彼にしてみれば、笑って赦せないだろうな。

 しかし、翔梧にはそれよりも気になる事があった。


「あの、一応確認ですけど」


「何だ?」


「三國日向助教授は、ふざけてないんですよね?」


「勿論だ。ふざけてるように見えるか?」



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