十一話:人形の個性
木羽祐吾が宿泊先のホテルに訪れた事については、大して不可思議なところはない。先日、ボスのポケットに小型の追跡装置が入っていたのを見付け、近いうちに来ると予想出来ていた。
しかし、今度の交渉相手はボスではなく、ディケードを指名した事については、少し驚いた。
いくらボスの口が固いと言えど、ただの兵器を尋問しようなんて、正気の沙汰とは思えない。
ホムンクルスが飼い主の意向に逆らうような真似をするなんて、まさか思ってもいないだろう。が、彼はディケードと、それも二人きりで話したいと言った。
流石にそれを許すボスではなかった。兵器にプライバシー等は無い。
話しの場は、ボスが予約したホテルの部屋になった。恐らく盗聴等を警戒しないでいい場所は、ここくらいだろうから。
「先日、偽皇帝を確保しようとしたが、死なれてしまった。刀で腹部を刺し貫いた。自殺だよ」
やりきれないとでも言いたげに、木羽祐吾は話を始める。
そのニュースなら、ディケードも知っている。
芒原市という田舎町を恐怖の渦へ陥れた殺人鬼は、逃げ切れないと悟ってか自ら命を絶った、と完結に報じられた。犯人が何処の誰で、という情報は一切伏せられ、犯行の動機すらも秘匿されていた。
唯一、その事件を解決へ導いた影の立役者として、この芒原市に住まう少年探偵の名が報じられていた。それはこの話には関係無いだろう。
「その様子だと、真相は一切知らないようだな。教えてやる。犯人は、君と同じシリーズのホムンクルスだ」
その発言に、ディケードは特に何の反応も示さなかった。
驚かないと言えば嘘になるが、何となくそんな気はしていた。
感じていたのだ。つい最近まで、もう一人の自分がこの街に居るという嫌悪感を、先日まで感じていた。
目的が何なのかは分からなかったが、偽皇帝事件の解決を伝えるニュースが流れる前日に嫌悪感が消えた事で、この事件に何等かの形で関わっているのだと、予想は出来た。
そうか、当事者だったか。
それも追い詰められての自殺とは、恐らくは飼い主が用意した安全装置なのだろう。
「……想い人を殺したくないという理由で、自ら命を絶った」
その発言は、ディケードの内の何かを激しく揺さぶった。それは体にも現れたらしく、口の中が急激に渇き、あまりの苦しさに咳払いが出た。
“想い人”、つまり好きな人の為に、生より死を選んだ。ホムンクルスとしては、あるまじき行為である。同情の余地など無い。……はずなのに、どうしてこうも苦しいのだろうか?
木羽祐吾が哀しみを溜めた瞳でこちらを一瞥した。
こちらの反応を確かめたようだ。
「私に、は……関係、無い……」
「あぁ、関係無いだろうな。君とは別人の話だ。彼女はドミニオンと名乗った。天使の階級で、“主天使”を表す名だ。――彼女に関わった少年が言っていたよ。天使のように優しい人だ、とね」
『Dominion』は、『Decade』と同じ時期にロールアウトしたホムンクルスだ。
顔を合わせた事がある。同じハードウェア、同じソフトウェアの筈なのに、どうしてか彼女の事を別人のように感じた事を、今でも鮮明に覚えている。
そうか、彼女は恋をして、その想いを誰にも犯されたくない為に、死を選んだのか。
バカな子だ。そんな苦しいもの、再調整して記憶を弄れば、斬って棄てれるものなのに。
「それを……それを私に話して、何だと言うか? ドミニオンの変わりに、その少年の恋人を演じろと?」
「まさか、一瞬で見抜かれるよ。――ただ俺が聞きたいのは、ディケード、君は今、幸せか?」
人形に問い掛ける言葉とは、とても思えなかった。
兵器に幸か不幸かの概念は無い。ただの道具に感情など無い。
「いや、愚問だったな」
まだ何も語っていないというのに、彼は「君は幸せなようだ」と言って優しげに微笑んだ。
ディケードは一瞬、何を言われたか分からなかった。が、その言葉は一種の呪いのように、造り物の体を硬直させた。
「時間を取らせて悪かった。もうあんたらに関わる気は無い。だが、あまり悪さをするようなら、相応の対応を取らせてもらう」
「心配するな。もうこの街に用は無い」
ボスの無愛想な返答に、「そうか」と答えて木羽祐吾は部屋を出ていく。が、ドアノブに手を掛けたとこで「あ、そうだ」と何かを思い出したかのように振り返った。
「悪いついでに、一つだけ。今回の偽皇帝事件には、黒幕となる組織があるようだ。そしてその組織の一人がドミニオンの飼い主で、名前を飯草満と言うそうだ」
その名前を聞いた瞬間、ディケードは当然ながら、あの常に冷静なボスまで驚いて声をあげた。
「知っているようだな。半月程前に殺された“SP”にそんな名前の奴がいたが、なるほど、ただの“SP”では無さそうだ」
木羽祐吾はしてやったりと言わんばかりに、「情報どうも」と茶目っ気たっぷりにウインクをして見せた。
この男、意外と気さくなんだろうか等、どうでもいい事が頭に浮かんだ。
「どうやらまた、お会いできそうだな」
それだけ言い残して、木羽祐吾は部屋から出ていった。




