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誰が為に  作者: 梨乃 二朱
モノクローム
16/21

八話:推理

「犯人は多分、ホムンクルスです」


 キッチンに立つ木羽祐吾は、先程まで“ハーラーヘーリー”としか言っていなかった助教授は、急に真面目な話をし出した事に驚いた。

 見ると、手近にあったクッキーを食べていた。若干空腹が満たされたことで、思考回路の巡りがよくなったのだろう。


「犯人って何の? プリンでも食われたか?」


「その犯人は貴方です。代わりの買って何事も無かったような顔してますが、誤魔化されませんよ。賞味期限が違います」


「いやはや、ははっ…………ごめん、黒胡麻味ってのが気になって、つい……」


 見事、バレていた。

 助教授は普段から何事にも無関心なように振る舞っているが、身近な事に関してだけは鋭い。特に自分の研究テーマと食べ物に関しては、昔々のロンドン辺りの名探偵にも劣らない洞察力を見せる。

 能ある鷹は爪を隠す、という事だ。爪を見せるタイミングが少し可笑しいと思うが。


「プリンの件はいいです。二倍にして返して貰いましたし。――犯人というのは、偽皇帝事件の話です」


 祐吾は思わず、料理をする手を止めた。

 プリンを二つとも食べられた事については、この際、言及しないでおくとして、偽皇帝事件絡みの話は聞き捨てるわけにはいかない。


「暇でしたので、テレビ見てました。美味しそうな焼肉屋さん特集がやってまして」


「あんたは何事に於いても食い物発進だな……」


「そしたらその後に、『魔刀ノ皇帝による新たな被害者が』って見出しのニュース特報が始まりまして」


「まぁ、今はどの番組もその話題で持ちきりだからな」


「で、それに出ていたコメンテーターの方が、これだけの犯行を重ねているというのに、全く痕跡を残さない事や、目撃情報が皆無という事を考慮すると、犯人は別人の可能性が高いと仰ってました。その、燕皇帝士という方の能力は、“非物理物質の無効化”といって、気配を消したり武器を隠したりする能力では無いとか」


 「そうだ」と祐吾は答える。

 若干焦がしてしまった薄焼き卵の対応に四苦八苦しながら、「奴の能力は隠密向きでは無い」と話を続ける。


「非物理物質の無効化という能力は、質量の無い物、つまり手で触れられない物を無効化するというものだ。分かりやすく説明すると、魔術による攻撃が全く通用しないという事だ」


 燕皇の能力は、ランク『EX』どころか計測不能と判を押されたチートな能力だ。

 『非物理物質の無効化』という名の能力は、火炎や雷撃をまともに喰らっても、彼に到達する前に消滅し体や衣服には全くダメージを受けないというものだ。

 魔術のような質量の無い攻撃は勿論のこと、能力による攻撃も防ぎきる為、現代に於いては無敵の能力だ。病魔は無効化出来なかったようだが。


 それで太陽光や蛍光灯の光りも無効化出来るかというと、そうではない。

 能力の発動条件としては、身体に触れる寸前の物のみの無効化、そして燕皇自身が危険と判断したものに限るため、可視光による過度な熱は無効化出来ても光り自身は無効化出来ない。身体に害が無いからだ。


 もし無効化出来ていたならば、“透明人間”になれていたかも知れないのに、と本人は嘆いていた。

 確かに、光りが当たらないという事は、反射光が無いため誰の目にも写らないという事になる。実際、どう写るかは分からないが、透明人間になれると言っても間違いでは無いだろう。

 まぁ、本人は女子更衣室かシャワールームに侵入したかっただけだろうけど、相当悔しがっていた。


 因みにレーザーや紫外線も無効化出来るらしく、砂漠地帯で彼だけ日焼けしなかった。

 砂嵐が怖かった為、素肌はすっぽり隠していたが。


「魔術を使えば不可能ではありませんが、魔術は痕跡が残ります。“残留魔力”といって、貴方の拳銃で言うところの発射残渣ですね。魔力は散漫しやすいと言えど、壁や地面にこびりついた魔力は二、三日では完全には消えません。まして犯行の翌日なら、きっちりどんな魔術を使ったか分かるほど残っているでしょう」


「魔力だけなら、燕皇の能力は発動しない為、必ず痕跡は残る。魔力の痕跡を魔術で消そうとすれば、その魔術の残留魔力が残る、か」


「そうです。どうやっても何等かの痕跡が残らないと可笑しいのです。そこで考えられる可能性は、優れた気配遮断能力を持ち、尚且つ武器をその場で調達、つまり製造出来る能力を持つ“マルチ能力覚醒者”」


 『マルチ能力覚醒者』という聞きなれない言葉に疑問符を浮かべる祐吾を他所に、助教授は話を続ける。


「けど、そんな能力覚醒者が居れば、能力調査局が管理している筈です。あそこは頭が臆病ですから、危険と判断した能力覚醒者は、特別配偶とか何とか理由を着けて、自分の配下に置こうとする傾向がありますから。皇帝サマが良い例です」


「否定はしないね。けど、まんまと逃げられたがね」


「そんなわけで能力覚醒者の可能性を除外すると、魔術師である可能性が出てきます。それも先程の理由で除外となると、もう犯人は人間という可能性が消えまして。そしたらコメンテーターの方が、ホムンクルスという言葉を発しまして。ホムンクルスなら、全ての条件に一致するとか。まぁ、管理しているのが裏会らしくて、確認のしようがありませんが。……って仰ってました」


 ホムンクルス。所謂、人造人間の事だ。

 クローニングと人体実験による調整を経て造られる、ある局面にのみ特化した人工の生命体。産まれた時から既に十代後半から成人の姿で、生後一時間で戦線投入が可能な人間兵器だ。


 祐吾の居た部隊にも、三名のホムンクルスが配備された。その実力の程は、個人個人が一個小隊並の火力を誇っていた。

 しかし、彼等に人権など無く、上層部からは軍需品や消耗パーツのような扱いをされていた。故に、助かるかどうか分からないような瀕死の重傷を負った場合は、何の処置もされず処分された。

 いや、まだ“とどめ”があるだけマシだった。場合によっては、放置され出血死を待っていたホムンクルスも居た。痛みを感じないわけではない彼等は、叫び、泣き、懇願していた。

 祐吾はそんな彼等の頭に、弾丸を撃ち込んだ事があった。それが正しい事とは思わないが、それしか方法が無かった。


「……どうかしましたか? いつになく顔が怖いですよ?」


「え? あ、いや、別に……。ほら、出来たぞ」


 祐吾は夕方からずっと煮詰めていたデミグラスソースを、完成したばかりのオムライスの上にかけ、助教授に差し出す。

 彼女はいつになく機敏な動きで座り直すと、スプーンを華麗に振るいがっつき始めた。

 食べてくれるのは嬉しいが、せめて“美味しい”の一言でも、いや無表情だけでもやめてくれないかな、といつも思う祐吾だった。


 しかし、話の中に何度か出てくるコメンテーターは、相当なキレ者らしい。今度、名前を調べてみよう。

 まぁ、そのコメンテーターは存在しないだろうけど。

 最初から分かっていた。先ず、この人はニュースを見ない。偶然見ていたという事はあるだろうが、自発的に見ようとはしないだろう。


 それをニュースを見た、とわざわざ嘘をついたのは、祐吾に遠慮しての事だろう。普段は祐吾を顎先で使っている彼女にとって、逆に何かするという行為が恥ずかしいのだろう。

 変なところでおかと違いな気を遣うのが、この人の特徴だ。





「何やってんだ? あいつ?」


 鳴海翔梧から連絡を受けた木羽祐吾は、折角の美人諜報員とのデートを切り上げ、大急ぎで駆け付けたというのに、当の少年探偵は対象と接触していた。

 それはもう、密接に。


「ナンパしてるのか?」


 対象との接触は御法度だと、彼自身がよく分かっている筈だが、それを破ってまで接触したという事は、それ相応の理由があっての事だろう。

 しかし、夏のこのクソ暑い道の真ん中で、何という大胆なナンパをしているのだろうか。


 祐吾は適当な店に入り、商品を見る振りをして街中の“ロミオとジュリエット”を見ていた。

 二人を見ているのは、祐吾だけでは無い。二人と擦れ違う人々は、皆一様に二人を見ては千差万別の反応を示す。


 また目立つ二人が、目立つところで。

 白い少女と黒い少年のか絡み合う姿は、まるでモノクロの螺旋を思わせる。


 それはそうと、あの少女の姿。先程まで会っていたディケードという少女と、まるで双子のように瓜二つだ。肉体だけでなく、服装まで同じと来れば、あのディケードという少女と今祐吾が見ている少女は、同一人物では無いのかと疑いたくもなる。

 まぁ、同シリーズのホムンクルスならば、似ているのは当たり前か。


 しかし、この街に二体ものホムンクルスが集まるとは、些か物騒な話だ。

 祐吾でさえ人型のホムンクルスとは、五年前以来見たことが無かった。何か良からぬことが街にもたらされている事は、既成事実だ。それが彼女らのどちらかなのかは、まだ判断出来ないが。


 その内、鳴海翔梧は近くの喫茶店へ少女を連れて入った。やはりナンパだったのか。

 それにしても、良いのだろうか? あの喫茶店には確か…………


「プレゼントですか?」


「へ?」


 その女性店員の声に、不意を突かれた。

 振り向くと、小ギャルめいたメイクをした女性店員が、祐吾と商品を見比べていた。気が付くとそこは、ランジェリーショップだった。祐吾の手には、際どいデザインの女性ものの下着が。


「えぇ、まぁ、妻に……」


「奥様に、ですか?」


「最近、仕事ばっかで構ってやれなくてね。もうすぐ結婚記念日だから、何かサプライズになるようなプレゼントをと……」


「奥様想いなんですね? でしたら…………」


 何だろう。咄嗟に話を合わせてしまったが、何だか物凄い虚しさを感じる。

 夢と現実の落差というものは、時に残酷なまでに人を打ちのめすのであった。


 こうして祐吾は、上下合わせて二万数千円のランジェリーを買うはめになったのだった。

 絶対に誰にも見せられないデザインだった。バレない内に処分しようと、祐吾は決心した。

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