七話:ストーキング
「――今言った特徴とナンバーが一致する車を見掛けたら、追跡してくれ。気取られないよう常に距離を保ち、交差点は二つ以上は付いて回らない事だ。まぁ、お前に限っては大丈夫だろうがな」
そう木羽祐吾から連絡を受け、鳴海翔梧は丁度、作戦名『Catch the GONTA』が完了した所だったので、久々の任務に意気揚々と愛車の中型バイクを駆り、芒原の街に繰り出した。
目標の赤いスカイラインは直ぐに見付かった。木羽祐吾からの情報が正確だったおかげだろう。
翔梧は暫くの間、後ろを付いて回った。
気取られぬよう慎重に慎重を重ね、尾行を続けた。木羽祐吾からも言われた事もあるが、翔梧には追跡の才能がある。何でも『不自然過ぎると逆に気に止まらない』とか。
うん、よく分からないけど、とりあえず誉め言葉として受け取っておこう。
まぁ、そんなわけで、目標がファミレスに入り昼食を取り終えるまで監視を続けた。
監視対象は、二人の女性だった。
一人は三十代前半、黒のスーツ姿に、紺色の長髪を後ろで束ね、切れ長な金色をした瞳の、キリッとした顔立ちが性格のキツそうな印象を与える女性だ。仕事人間というか鬼教官というか、とにかく日本人離れした美人だが怖そうだった。
胸は結構大きめで、木羽祐吾からの情報には“ForG”らしい。あの人は能力のせいと言っているが、女性を観察するのが大好きなようだ。個人的に。
もう一人は、白いキャミソールに踵の高い白のサンダルと言った、翔梧とそう大差の無い少女だ。肩の辺りで切り揃えた漆のような黒髪に、深い暗闇のような優しげな黒い瞳、こちらも日本人離れした鼻筋のよく通った顔立ちをしている。肩や腕、胸元は谷間が見え太股まで素肌を曝け出すという大胆な姿にも関わらず、肌は全く日焼けせず、まるで真珠のような輝きを放っていた。
何処か儚げで怪我でもしそうな危うさを持つ、けれどもしっかり自分の足で立っている事を主張するかのような、不思議な印象の子だった。
それはともかく、少女の方の情報が無かった事が気になる。女性の方は、スリーサイズから下着はスポーツタイプやら、シャンプーの趣味や体臭がどうのこうのと要らない情報まで、わざわざメールで送ってきたというのに、少女についてはノータッチだった。
あの人の性格上、こんな美少女を観察しない分けがないのだが……?
まぁ、今はどうすることも出来ない疑問なので、追求することは止しておくとして、翔梧は予想外のご馳走にあり付け上機嫌になりながらハンバーグを注文する。
食費は後に、木羽祐吾に請求すれば問題ないのだ。デザートまで食べられる。
対象の二人は、終始無言で黙々と同じ物を食べていた。
気になったのは、女性が注文した際、少女は全くメニューに目を通さず女性に任せっきりだった事だ。余程の優柔不断か自分の意見が無いのか、それとも女性に絶対服従なのか。
何れにせよ、もうちょっと一般人らしく振る舞っても良いように感じる。あれじゃ、疑ってくださいと言っているようなものだ。
いや、もしかすると、本当に疑って貰うように、わざとやっているのかも知れない。第一、何かの諜報員らしい二人が、こんな人目に付くファミレスで食事というのも可笑しな話だ。よく知らないが。
そこまで疑問を抱いてはみたが、どうすることも出来ないので疑問は頭の隅に追いやった。
今はハンバーグを美味しく戴くとしよう。
三十分程経った頃、翔梧がデザートに“いちごパフェ”を食べている最中、対象の二人は会計を済ませてファミレスを出ていった。
そこで焦る必要は無い。
既に木羽祐吾へ連絡を済ませており、ここからの追跡は彼と交代する事になっている。なので、心行くまで食事を楽しむとしよう。
元々、監視は一人や二人で行うものではない。多い時には十人体制で一人の対象者を監視する事もある。
そうすることで、対象者に顔を覚えられる心配が無く、また要所要所に人員を配置する事で、対象が予想外の行動を取ったとしても見失う確率を減らす事が出来るのだ。
そんなわけで、本来なら翔梧も引き続き尾行に参加すべきところだが、顔を覚えられている可能性もあるので止めておいた。
何せ、席が隣同士だったのだから、確実に何等かの印象は与えているだろう。
尾行に参加出来ないとなれば、もう用済みだろう。事務所にでも帰って、どうせ依頼も無いだろうからゆっくり昼寝でもするか。
翔梧は会計を済ませながら、これからの予定をざっと立ててみた。
ファミレスを出ると、夏の日差しに思わず目が眩んだ。これは天気予報が言っていたより、過酷な暑さだ。お年寄り、特に独り身の方が心配だ。
「予定変更だ。北田の婆ちゃんとこでゴロゴロするか」
北田の婆ちゃんとは、事務所の近所に住む独り暮らしのお婆ちゃんだ。昼間は大抵、ホームヘルパーのおばちゃんが居るが、今日は半休だったと思う。つまり、三時頃までお婆ちゃんは一人なのだ。
こう暑いと脱水症状を引き起こし兼ねない為、そんな日は翔梧がなるべく家の様子を見るようにしている。様子を見ると言っても、特に何をするわけでもなく、縁側に座り冷えたお茶と茶菓子を戴くだけだ。
「よし、そうしよう」
そうと決まれば行動は早い。
バイクに跨がり、ゆらゆらと揺れる街を颯爽と走り抜けた。
北田の婆ちゃんの家に着いた時には、時刻は一時を回っていた。
昼ドラの時間だから婆ちゃんの邪魔になるかな、などと思いながら、インターホンを鳴らす。二度目が鳴り止み、三度目を鳴らそうとした時、「どうした、鳴海?」とインターホンから女性の声がした。
電子機器を通った声というのは、人物の識別が難しい。
「えっと……?」と首を傾げる間に、「私、権崎だ」と言われ人物の特定が出来た。
「あぁ、権崎さんか。いや、こう暑いと婆ちゃん大丈夫かなぁ、って心配で」
「律儀な奴だなぁ、お前って。私らが居るから、構う必要無いぞ」
権崎朱音は北田の婆ちゃんの親戚筋らしく、たまに遊びに来ては顔を会わす為、翔梧とは顔馴染みだ。
彼女は根っからの体育会系らしく、大柄で頼り甲斐がある。男のような口調だが、根は優しい女の子だ。その為、婆ちゃんを安心して任せられる。
「私ら、って事は彼氏と一緒ってこと?」
からかうように問うと、「べ、別に良いだろ!」と動揺した声が返ってきた。顔を真っ赤にした彼女の姿が、目に浮かぶようだ。
「ははっ、それじゃあ俺は邪魔になるので、失礼します」
「とっとと帰れ! この探偵バカ!」
翔梧は含み笑いをしながら、北田の婆ちゃんの家から立ち去った。
婆ちゃんの心配が無くなったところで、やることも無くなった。当初の予定に沿って、事務所で昼寝というのも有りだが、何だか勿体無い気がした。なので、もう一度街へ戻る事にした。
街に着くと、適当な駐車場にバイクを置き、お気に入りの紺色のソフト帽を被って人混みに紛れた。
特に何がしたかった分けでもないので、ただブラブラと街中を歩き回った。馴染みの店に立ち寄ったり、洋服店でウィンドウショッピングをしたり、街行く人々を観察したりと、気ままに行動していた。
そんな事をしながら歩いていると、不意に白い影が視界の隅を過った。何気無く気になり、そちらへ目を向けると、思わず「おっと?」と声を上げてしまった。
何とそこには、木羽祐吾に頼まれ昼食までの間、ずっと監視をしていた対象の一人、白いキャミソールの少女がキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いているではないか。しかも、今度は何処か楽しそうに、普通の少女の顔をしている。
結構、可愛い顔をする。
翔梧は慌てて木羽祐吾に電話を掛けた。
彼は待て、と指示を出したが、翔梧はそれに従う気は無かった。暇だったから。
とりあえず尾行をするという事だけ伝え、電話を切った。後で大目玉を喰らうが、まぁいいか。
別に暇だからという理由だけで、尾行をしたかった分けではない。彼女が何の目的でこの街を歩き、そして、他にどんな表情をするのか見たかったのだ。
尾行を開始して二分、早速彼女は他の表情を見せた。
アンティークショップに飾られた、恐らく“魔除け”の類いのお面を見て、キョトンとした顔をしたのだ。何か、小動物みたいで可愛らしい。
そして何事か呟いて、その店を後にした。読唇術の心得は無いが、多分『趣味悪』と言ったのだと思う。だって、そのお面は本当に趣味が悪かったのだから。
そして彼女はまた街をキョロキョロと見渡しながら、楽しそうに歩いて行く。
不意に足を止めた店は、可愛らしい女の子向けの洋服店だ。彼女は照れ臭そうに微笑むと、店には入らず歩き去った。似合わないと思ったのだろう。似合うと思うけどな。
ふと、かなり昔の映画を思い出した。見たこと無い為、タイトルすら思い出せないが、確かお姫様が束の間の自由を出会ったばかりの男性と楽しく過ごす、みたいな内容だった気がする。
彼女はそのお姫様に似ている。そしてその男性が自分ならば幸せだろうな、と思ったりしてみた。
……ちょっと照れ臭くなった。
そんなくだらない事を考えている内に、彼女に魔の手が忍び寄っていた。
暇そうにしているチャラチャラした男どもが、事もあろうに彼女にナンパを仕掛けたのだ。しかも、無礼にも馴れ馴れしく、肩を抱いたりしている。
尾行者としては対象の前に姿を曝すことは御法度だが、ここは助けに入るべきか。
そう思ったの束の間、急に男どもの表情が青ざめ、彼女から離れていった。何があったのかは分からないが、彼女の武器は美人だけでは無いという事だろう。
その後も、同じ様な事が何度もあった。流石に彼女もうんざりしてきたのか、『全く』と口を動かし溜め息を漏らした。
彼女が安全に散策を続けるには、男性のお供が必要だな。この街には身の程知らずが多すぎだ。
その内、彼女は道の真ん中で立ち止まった。後ろ姿だから表情は分からないが、背中が何か憂いの色を帯びていた。
立ち止まること一分足らず、突然彼女がくるりと踵を返した。見惚れていた翔梧に隠れる暇などなく、バッチリ彼女と対面してしまった。……かに思われた。
次の瞬間、彼女の足下がふらつき、「えっ?」と驚いている内に膝から崩れ始めた。
気が付いた時には駆け出しており、「危ないっ」と彼女の体を受け止めていた。
ぼんやりとした黒い眼差しが、翔梧に注がれる。それは吸い込まれそうな程、蠱惑的で美しい。
抱き留めた身体はか細く、力加減を間違えれば折れそうな程に華奢で、ほんのり汗ばんだ肌は吸い付くように瑞々しい。彼女はただ在るだけで、官能的で周囲を虜にするほど魅惑的だった。




