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誰が為に  作者: 梨乃 二朱
モノクローム
13/21

五話:白から黒へ

 白い昼の幻想は終わった。

 夏の道端に浮かぶ“逃げ水”のように、追い求めても決して掴むことの出来ない幻は、黒い夜の中に溶けて消えた。

 本当に夢のようだった。あるいは、本当に白昼夢だったのかも知れない。

 けれど、例え一時の夢現であったとしても、この思い出だけは消し去られないように、脳ではなく心に深く刻んでおこう。


 少年探偵・鳴海翔梧と過ごした一時間足らずの、長くて短い一夏の思い出は、何人にも犯させはしない。


 あのアイスティーも。


 あの焼き立てのパイも。


 あのこそばゆい屈辱も。


 あの少年の笑顔も。


 あの少年の声も。


 そしてあの少年と話した時間も。


 何一つ、失ってたまるものか。

 例え記憶が忘れ去ろうと、心で覚えていてやる。

 忘れない。決して忘れない。

 暗殺者として黒く昏く深い闇に沈もうとも、少女・朱鳥来美がこの白い昼の思い出を絶対に手放さない。


 黒と白が溶け合い混ざった今の少女は、まるでモノクロームのようだった。






 尾行のコツは、対象の後ろを付いて回らない事だ。

 対象の車との間に見失わない程度に何台か車を挟み、尚且つ十字路等で対象が曲がった場合は、ある程度の予測を立て迂回すべきである。


 それで見失う可能性はあるが、気付かれる可能性は低くなる。

 故に木羽祐吾の追跡テクニックは、諜報員のそれと変わり無い事が分かった。


 ディケードは気付けなかったが、うちのボスは早い段階から気付いていたようで、巧みに人気の無い周囲を建物の壁に囲まれた駐車場へ誘導したのだった。

 車から降りた木羽祐吾の苦虫を噛み潰したような顔といったら、気の毒になるほど笑えた。


「笑うな。落ち込むだろ」


 木羽祐吾は車のボンネットに腰掛け、腕を組んで最低限の威厳を保とうと必死になっている。それがまた笑える。

 ボスはそんな彼の隣で、同じ様にボンネットに腰掛け腕を組んでいる。ディケードはというと、その辺に落っこちていた鉄パイプを拾い、助手席側のドアに凭れ掛かっていた。


「我々に手出しするなと言ったはずだが?」


 苦笑混じりの言葉は、それとは裏腹に凍てつくほど冷やかだった。


「気になった事は確認せずにはいられない質でね。出来れば詳細な説明を求む」


 木羽祐吾も負けじと冷やかな声で反論する。


「機密事項だ。たかが下っぱが口を挟むな」


「たかが下っぱ、ね。そんな考えだから、男に逃げられるんじゃないのか?」


 その言葉の意図に勘づいた瞬間、抑えきれぬ殺意は目に見える形になり木羽祐吾を襲う。

 「ディケード!」ボスの怒声に我を取り戻し、そして状況も理解した。


 ディケードが鉄パイプを刀に変えるまでの僅かな間に、抜き放たれたマグナム拳銃の仄暗い銃口が、眉間を真っ直ぐ狙い澄ましていた。

 速い、と息を飲む。

 いくら防弾素材の質が強化されたとはいえ、頭は無防備なままだ。もしこのまま『.357マグナム弾』が弾倉から放たれていれば、間違いなく即死だ。


 ゆっくり目を閉じ、刀を手放す。コンクリートの地面に落ちるより早く鉄パイプに戻ったそれは、乾いた金属音を虚しく響き渡らせる。

 『対価』として、鼻唄を口遊む。


「悪くない反応速度だ。良い飼い犬だな。『ホムンクルス』にしては、理性が働いている」


「お見通しか。けど、そいつは犬ではなく兵器だ。理性など必要は無い。指示された事を遂行してくれれば、それで何の問題も無い」


 自分の事だというのに、ディケードはまるで他人事のように聞いていた。

 そう、自分は人間ではない。日本の魔術師組合『裏会』の“人形遣い”と呼ばれる魔術師に造られた人工の生物、『ホムンクルス』だ。


 その人形遣いの『ホムンクルス計画』が十年目という事と、“Dシリーズ”の“D”に因んで『Decade』という名前を付けられた。

 人形遣いが何者で、どんな人物かは知らないし、知ったところで意味をなさない。第一、興味がない。

 けど、優しい女性であった事は覚えている。とても温かい人だった。


「だというのに、あのバカが色々教えやがったせいで、人間性を持ってしまった。そういう仕様だとは聞いていたが、無意識下で行動してしまうホムンクルスなど最早、ボールペン以下だ」


「随分と冷たい言葉を。心にも無いくせに」


 微笑混じりの言葉に、ボスが一瞬驚いたのが分かった。

 いつか、彼が言った言葉とよく似ていた。


「お前に何がわかる?」


「失礼、さっきも言ったが、気になった事は確認したくなる質でね。悪気はない。――で、そのバカは殺され、その犯人が俺か燕皇かと思ったのか?」


 ボスは黙り、対価の支払いを終えたディケードは今度は指示を待った。

 長い沈黙だった。

 ボスは依然、黙りこくったままで、木羽祐吾はそれ以上の追求もしなければ諦めないもしない。ディケードは何も言えない。


 そんな重苦しい沈黙を破ったのは、携帯端末の呼び出し音だった。

 木羽祐吾は「失礼」と断りを入れ、ジャケットの内ポケットから端末を取り出した。


「――鳴海翔梧、悪いが今取り込んでいる。――――何? ――いや待て、そいつは違う。俺が行くまで動くんじゃない。――おい! くそっ!」


 「あのバカ探偵が……!」と悪態をつきながら、木羽祐吾は運転席側に回る。そして「悪いが用事が出来た。話はまた」と早口に言うと、車に乗り込みエンジンをかけ、乱暴な運転でその場から走り去った。

 何か緊急事態のようだ。ボスに指示を仰ごうとしたが、「帰るぞ」と言われた為、ディケードは黙って車に乗り込んだ。


 しかし、鳴海翔梧とは一体何者なのだろうか?

 去り際の言葉から、探偵という事は分かったが、彼との関係は一体……?

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