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誰が為に  作者: 梨乃 二朱
モノクローム
12/21

四話:洞察力

 警備室に辿り着いた木羽祐吾は、駐車場の防犯カメラを呼び出して貰っていた。

 そのまま待つこと数秒、黒いスーツ姿の女性と白いキャミソール姿の少女が画面の中に現れた。画像はカラーだが、二人はまるでモノクロのようだ、と改めて思った。


 鮮明とは言い難い映像では顔の確認はし辛いが、間違いなくさっきの二人だ。

 二人は赤いスカイラインに乗り込む。女性は運転席、少女が助手席という配置だ。


 中は見えないが、どうやら二人以外に誰もいないようだ。

 流石の諜報員であっても、この真夏においてクーラー無しに密閉された車内での待機は不可能だろう。

 冷却能力を持つ能力覚醒者なら話は別だが、それも無さそうだ。乗り込む際、女性が一瞬だが躊躇った。つまり、中が暑かった。


「運転手が居ない、か」


「え? 運転手なら、この女性が……」


「ん? あぁ、そうだな。――ナンバープレートは確認出来るか?」


 オペレーターの女性がキーボードをタイプする。車のナンバープレート部分が拡大された。が、不鮮明で読み取れない。

 「少々お待ちください」とまたタイプすると、映像が静止画になり、補正が掛かる。


「追いますか?」


「いや、GPSや監視カメラでは多分無理だろう。目視で追跡するよ。――ありがとう、これに関してのデータは残さなくていい」


 それだけ言って立ち去るつもりだったが、無意識の内に「胸のあたりのタトゥー」とオペレーターに対して呟いていた。彼女は弾かれたようにこちらを向くと、目を見開いたまま頬を赤らめ、胸元に両手を当てる。

 感覚が鋭いせいか、細かいことがよく目につく。それだけなら良いのだが、確認したくなるから始末が悪い。

 今回はカッターシャツ越しにうっすらと見えた。まさかボタンを外して確認するわけにもいかないから、本人に問い掛けたのだ。


「イルカか」


「へ!? あ、あの……!?」


「別に咎めたりするつもりは無いよ。――うん、よく似合っている。後、ブラのサイズがキツいなら、早目に変えるべきだ」


「あ、はい。わかりました……。じゃ無くて、あのっ! あ、ちょっと待って下さい!」


 自己満足を得た祐吾は、呼び止める声など無視して颯爽と警備室から出ていった。

 待つ時間などは無いし。


 祐吾が出ていった直後、オペレーターの女性は質問の嵐にあった。

 何故なら、常人は普通、カッターシャツ越しにタトゥーを見ることなんて不可能だし、まして下着のサイズなんて言うまでもない。それが可能な理由を考えると、一夜を共にしたという結論に行き着くのは当たり前だろう。


 そんな事まで考えて無かった木羽祐吾は、こうして新たな噂を生んだのだった。






 探偵、鳴海翔梧という少年は、「そうなるよね?」と淋しそうに苦笑する。


「皆そうなんだ。俺が探偵っていうと、笑うか呆れるか驚くかなんだ。これでも腕には自信はあるんだけどねぇ」


 朱鳥来美は慌てて「いや、疑ったわけじゃ……」と取り繕うが、後の祭りだ。

 これまで相当バカにされてきたのか、鳴海翔梧は落ち込んでしまった。顔は笑っているけど。


 面倒な事になった。こういう時は、話題を別方向へ誘導した方が良い。相手が喜ぶような、聞いてほしいような話題にだ。

 その見極めが重要なのだが、こいつの場合は簡単だ。


「探偵という事は、何か事件の捜査を?」


「個人的に、片手間に。ドラマとか小説と違って、殺人事件みたいな大きな依頼は無いよ。特に俺みたいな無名の少年探偵には、ね。来る依頼と言えば、行方不明のペット探しとか、引越しや模様替えの手伝いとか。この前なんて、晩御飯の支度をさせられたよ」


「そ、そうなんですか……」


 逆効果だったか? 余計、気分が沈んだ気がする。顔は笑っているけど。

 しかし、予想していたより、探偵という職業は大変なようだ。最早、御近所の便利屋程度にしか認識されていないのでは……?


「けど、個人的に何か調べてるんですよね?」


「そうだけど、結果が出なくて……」


「何について捜査を?」


 鳴海翔梧は少し迷った後、ウェストポーチから新聞の切り抜きを取り出し来美に見せた。

 『“魔刀ノ皇帝”は殺人鬼なのか?』という見出しの新聞だった。


  最近、世間を騒がせている連続通り魔殺人だ。

 『魔刀ノ皇帝』は、元々ある特殊部隊隊員の異名であった。その名の通り刀型の魔道具を腰に携え、五年前の動乱期に於いて数多くのテロリストを斬り捨て、『連合軍』を勝利に導いたとされている。

 しかし、今まではあくまで伝説として、存在の有無が危ぶまれていた。が、皮肉にも今回の事件で実在する人物であると判明した。関係者が認めたのだ。


 今回の事件を一部メディアでは、『平和な世に於いて皇帝は血に餓え、その生け贄として一般人を殺して回っている』とさえ囃し立てている。

 バカな話だ。剣豪と殺人鬼の違いも知らない御偉方に、誰か“士”というものは何かを教えてやって欲しいものだ。


 さて、この少年探偵は、どういう視線でこの事件を見ているのだろうか?

 その答え次第で、こいつの程度が計れる。


「有名な事件ですよね? やっぱり五年前の英雄が……」


「それは無いよ。絶対に」


 少年探偵は自信満々に来美の言葉を遮った。意外な返答に、「何故?」と問うと、手帳を取り出して推理を語り始めた。


「最初の事件は半月前。被害者は工場勤務の男性。夜中、人気の無い工事現場にて、腰を境に真っ二つに切り裂かれているところを、通り掛かった酔っ払いに発見された。事件現場の壁には、『魔刀ノ皇帝』と血で描かれていた」


 ニュースで何度も放送された内容だ。

 血は被害者のもので、血の付いた習字用の筆が現場に残されていた事から、それを使って描かれたと思われる。

 分かりやすい異常者だ。

 しかし、それが何だと言うのだろうか?


「この事件の数日前、『魔刀ノ皇帝』がこの街に住んでいるというネットニュースが流れたのを知ってる?」


「そうなんですか?」


「うん。そして、そのニュースが流れる以前に、『魔刀ノ皇帝』がこの街に住んでいるなんて、関係者以外に誰も知らなかった。それ以前に、実在する人物かどうかさえ分からなかった。だから、ニュースが表に出ることは無かったんだけどね」


 来美は「あっ」と声を漏らしていた。


「タイミング的に、今回の事件の犯人が『魔刀ノ皇帝』を名乗るようになったのは、ネットニュースで『魔刀ノ皇帝』の存在が知れたからだと思うんだ」


「じゃあ、偶然にもネットサーフィン中に『魔刀ノ皇帝』というワードを見付けたが為に、事件が起きたってこと?」


「少なくとも、この街での事件はそうだね。そして都合よくも、本物の『魔刀ノ皇帝』が行方不明だと、ニュースで流れてしまった。だから事件は、今にも及んで続いている」


 鳴海翔梧は何処か憂うように、窓の外へ目を向けた。

 来美もつられて外を見ると、そこには平和な風景が広がっていた。


 ふと、彼の言葉に疑問が生まれた。

 彼は“この街での事件”と言った。それはつまり、ここで起こるより以前にも、同じ様な事件が起こっているという意味だろうか?


「その推理に辿り着いた時、俺は何とも言い表せない違和感を抱いた。この事件は偽者の仕業だとしても、犯行の手際や殺害方法がやけに手慣れていると思わない?」


「それは、分かりませんけど……。今回が最初では無かったというのですね?」


 「そう」と少年探偵は頷く。

 確かに手慣れている。これだけの事件を、こんな片田舎で何度も起こしているにも関わらず、未だ手掛かりの一つも掴めていないのは、犯人が極めて慎重かつ用心深いという事だ。


「疑問を持った俺は、ネットで過去の事件を片っ端から調べ、怪しいと思った事件については知り合いに調べて貰ったんだ」


「あったんですね? 同様の事件が」


「あったことにはあった。けど、関連性を示す証拠が何も無かったんだ」


 少年探偵はコーラで喉を潤す。

 来美は知らず知らずの内に、探偵の推理に聞き入っていた。


「犯人は巧妙だよ。似た事件の前後には、手口は違えど“辻斬り”事件が多発しているんだ。それこそ愉快犯や無差別のテロリズムとか。それに乗じて、犯行を繰り返しているんだ。それも日本だけに留まらない可能性もある。あくまで可能性だけど」


 そこで話は終わりなのか、少年探偵は手帳を閉じた。

 少し残念だな、と来美はアイスティーを口に含む。

 探偵の推理は、今までの警察の見解を百八十度引っくり返すようなものだった。それほどまでに衝撃的な内容だ。


「そんな重要な推理、早く警察に伝えた方が良いんじゃ無いですか?」


「無理だよ。信じてくれなかった。知り合いを通じて、それとなく情報は流してみたけど、全く取り合って貰えなかった。まぁ、証拠らしい証拠が何もないからね」


 鳴海翔梧は「石頭め」と恨めしげに呟いた。

 確かに、何の証拠も無いのに未成年の探偵と名乗る少年の言葉に耳を貸すような余裕は、今の警察には無いだろう。

 ただでさえ、十四人も被害者を出している。今さら振り出しから捜査するような時間は、彼等には無いのだろう。


「また名推理の披露ですか? 先輩?」


 おっとりとした声色と共に、焼き立ての芳ばしい香りのするパイがテーブルに置かれた。

 見ると穏やかな面持ちをした美人の店員が、淑やかな笑みを浮かべて立っていた。顔付きも体つきも大人っぽく、腰まで流した艶の良い茶色の髪が更に魅力を引き立てていた。


「駄目じゃないですか。見ず知らずの人に、そんな当てずっぽうの推理なんか聞かせちゃ」


 店員はまるで悪さをした子供を叱るように、鳴海翔梧を非難する。

 彼は苦い顔をして、パイにナイフを入れる。ちゃんと合理的に考えた推理だ、とエメラルドグリーンの瞳が来美に語りかけていた。

 心配しなくてもそれは理解している、と目で伝えてみたが、ちゃんと伝わったかは分からない。


「ごめんなさいね。この人、探偵に憧れてて。話し半分に聞いていいですから」


 店員は体を折り、来美の目を覗き込みながら言って、カウンター席の奥へ帰っていった。

 一瞬だが、彼女の焦げ茶の瞳に、敵意の色が見えた気がした。多分、気のせいだろう。別に何かやったわけでも無いし。


「後輩の癖に母親か、っての。いいさ、俺の推理が正しいと証明してやるさ」


 鳴海翔梧はやけ食いのようにパイを頬張る。何と無く、その様子が微笑ましかった。


「証明、出来るんですか?」


「出来るさ。ここ一月の内に、芒原市もしくは隣接した市に引っ越してきた住人の記録を手に入れて、一件一件当たれば怪しい人物は出てくる。そいつを見張って、尻尾を掴んでやる」


 それは何て地道な作業で、何て危険な作業なのだろうか。

 一歩間違えば、命を落としかねない。

 注意すべきか、と思案した時、「ゴメンね」と静かな声で謝られた。


「変な話しに付き合わせちゃって」


「いえ、そんな……」


「本当は、誰かに聞いて欲しかったんだ。知り合いは信じてくれたけど、さっきの生意気な後輩も含めて、誰も信じるどころかまともに取り合ってくれないから」


 鳴海翔梧は、また淋しそうに笑う。

 何か、その顔は見たくないな。助けてくれた時に見た笑顔は好きだが、その笑顔は胸が締め付けられる。

 だから、こんな事を言ってしまった。


「信じます。私」


「え? 信じてくれるの?」


「はい。否定する理由がありませんから。その推理が正しい事を、影ながらお祈り致します」


 少年探偵は照れ臭そうに俯くと、直ぐに何か思い出したかのように顔を上げた。


「そう言えば、君の名前を知らない」


「あぁ、そうでしたね。私は朱鳥来美と申します。助けて頂き、そして素敵な推理をお聞かせ頂き有り難うございます」


「朱鳥来美……。うん、良い名前だ。可愛らしくて、君によく似合っている」


 何だろう。偽名だというのに、任務が終われば消えてなくなる名前なのに、何故か嬉しい。


「こちらこそ、ありがとう。来美ちゃん」


「…………ちゃん?」


 何だろう、“ちゃん”付けはちょっと屈辱に思う。ずっと鳴りを潜めていた殺意が、ふつふつと沸き上がって来るのを感じた。

 多分、本人には何の気も無いんだろうけど。

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