甘え
いつまで隠し通せるかな、と翔太は思った。
血の繋がりがないという真実。
羽矢はそれを知ってはいけない。
もう嫌というほど考えていることだ。
翔太は窓を開けた。
夜風が夏の蒸し暑さを癒してくれる。
あとちょうど10日経てば、夏休みは終わる。
小学校、最後の夏休みが終わる。
翔太が夜空を眺めていると、お兄ちゃああああん!と羽矢の声が飛んできた。
「お兄ちゃん!宿題終わんないよお!助けて!」
「だから最初にやれっていっただろ」
翔太がいうと、羽矢は何もいえない顔になった。
「だって……。と、とにかく間に合わないの!代わりにやって!」
「自分が悪いんだよ。ちゃんと自分でやれ」
「見捨てないで!」
羽矢が手を合わせた。けれど翔太は何もしない。
「あたしが算数苦手なの、知ってるでしょ。このドリル、全然意味わかんない。お兄ちゃんはもう宿題終わってるんだから、ヒマでしょ?」
翔太は幼いときから嫌なことを先にやってから、後で好きなことをする、という性格だった。羽矢のいうとおり、もうすでに宿題は終わっていた。
羽矢はその逆で、嫌なことを後に回す性格だ。そして、必ず翔太に助けを求めるのだ。
「終わらなくてもいいから、きちんと最後まで一人でやるんだ」
「お願い!これで最後にするから!」
いつものセリフをいって、羽矢は土下座した。本当に困っているようだ。
翔太は、はぁ……と長くため息をついた。
「わかったよ。兄ちゃんがやる。でも、本当にこれで最後だからな」
そういって算数ドリルを受け取った。
羽矢はぱっと顔を明るくし、ありがとう!と満面の笑みでいった。
そして兄の気持ちが変わらないよう、早足で部屋から出て行った。
甘いな……と翔太は思った。
羽矢に何かいわれると、必ずこうして甘やかしてしまう。
どうしてもあの笑顔に負けてしまう。
翔太だけではない。父も母も羽矢に甘い。
以前、家族4人で旅行に行った時に、羽矢は5万円のクマのぬいぐるみを父に買ってもらっていた。
翔太は驚いた。5万円も羽矢のために使ってしまうのか。
「父さん、ちょっと羽矢に甘すぎじゃないか?5万円のぬいぐるみ買っちゃうなんて」
翔太がいうと、父は首を振った。
「5万円なんてそんなに高くないだろう。甘やかしてなんていない」
オレが5千円のゲームソフトをねだった時は、あんなに怒ったのに。
不公平だ、と心の中でいった。
母もいつも翔太のことを叱っていた。
また部屋を散らかして!
野菜もちゃんと食べなさい!
しかし、羽矢は全て許してもらえている。
あの時は女の子だから仕方ないのかなと思っていたが、今は理由がわかる。
他人の家の娘を怒ったり、泣かせたりしてはいけない。
やっぱり、羽矢は違う家の子供なのか…………。
翔太はまたぐったりとした。
羽矢に渡された算数ドリルをぱらぱらとめくってみた。
誰にでも解ける問題ばかりだった。
だまされた……と翔太は思った。けれどこれも許してしまう。
もう少し厳しくしないと。
自分にいい聞かせ、羽矢の宿題を始めた。