羽
「ただいま」
立浦の声が聞こえ、羽矢は緊張した。
今日はなんていわれるだろう。
立浦と同じ空気を吸うのが苦しい。
いつものように、装飾されたドアが開いて、立浦が入ってきた。
「おかえりは?」
立浦がいってきた。
羽矢は小さな声で「おかえり」といった。
「今日は翔太に会ったよ。死んだ魚みたいな顔してた」
羽矢はどきりとした。
「おに……瀧川翔太さんに?」
「そう」
そして立浦は紙袋を羽矢に渡した。
「これ、おまえのだろ」
羽矢は紙袋の中を見た。
その瞬間、体中の水分が全て目から流れていった。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
クマのぬいぐるみを抱きしめて、羽矢は泣いた。何時間泣いていたかもわからない。
そして、決意した。
この立浦家から出て行く。
何年かかってもいい。
絶対に、お兄ちゃんにまた会う。
お兄ちゃんは、あのマンションであたしを待っているだろう。
そして、会ったらこういうのだ。
結婚してくださいと。
絶対に、絶対に、また翔太に会う。
会えるはずだ………。
翔太は大学から帰ると、部屋の中のものをバッグに詰めた。
マンションから出て行くことにしたのだ。
羽矢の使っていた部屋、一緒にご飯を食べたダイニング、ふたりで見つめ合ったリビング。
それなのに羽矢はいない。
ここには羽矢との思い出が多すぎる。
羽矢とはもう会えないのだ。
だったらここにいても仕方がない。
いつまで待っても、羽矢は来ないのだから。
翔太は、羽矢を……護ることはできなかった。
護り役という使命を果たせなかった。
羽矢どころか、自分の体だって護れない。だめな人間だ。
バッグはたったひとつだけだった。
あとは全て残していく。
持っていても仕方ない。
「どこにいこうか」
そういった時に、翔太の目の前に鳥の羽がひらひらと落ちてきた。
翔太は足もとに落ちた羽を手に取ろうとした。
しかし翔太が拾う前に、羽は風でどこかに飛んでいった。
ほんの少しの風で。
翔太は立ち上がって、前を向いた。
そして、歩き出した。
読んでくださった方に感謝します。
これはタイトルしか決めてなくて、毎回辻褄が合わなくて苦労しました。
最後まで書けてとても嬉しいです。
ありがとうございました。




