兄妹
「どうしようか」
思っていたことが口からそのまま出てきた。
翔太はリビングの真ん中に胡坐をかいて、羽矢をつれ出す方法を考えていた。
もう誰も翔太の味方はいない。
菅原とも両親とも優しくしてくれた看護婦とも関係を絶った。
羽矢をつれて行かれて、一ヶ月ほど経った。
翔太は学校にもアルバイトにも行かず、独りで部屋にひきこもっていた。
しかしどれだけ考えても、何も思いつかない。
ひとつだけ、できるかもしれないことがある。
立浦に近づくことだ。
友人関係になるのは無理だ。こちらから断ったのに、「また仲良くしよう」なんていえるわけがない。
立浦の家がどこにあるのかということも知らない。
もしわかったとしても門前払いだろう。マンション住まいの翔太が立浦のお屋敷に入れるなんて、絶対に無理だ。
それから……と翔太は毎日思っていることを頭に浮かべた。
立浦が、翔太の目の前から消えてしまうことだ。
もうそうなったら二度と羽矢には会えない。
羽矢がうまく立浦家を出て行って、翔太に会うという方法しか思いつかない。
そんなことが、羽矢にできるだろうか。
「無理だ」
また思ったことが口から出てきた。
なぜか笑いまで出てきた。
「ここから出して!」
羽矢は立浦にいった。
しかし彼は完全に無視し、もし気がついたとしても
「お兄ちゃんに、そんな言葉遣いしていいのかな?」
なんていってくる。
その度に、羽矢は短くなった自分の髪に触れた。
お兄ちゃんは、この髪をよく「羽みたいだ」といっていた。
「だから羽矢は天使だ」
そういって笑ってくれた。
ところがこの男はその羽をもぎ取った。
この男と血が繋がっているなんて信じられない。
「お兄ちゃんに会わせて!お兄ちゃんに会いたい!」
こういうと、必ず立浦は羽矢を睨んだ。
「兄はオレだっていってんだろ」
冷たいナイフのように、立浦の言葉が羽矢の胸に刺さった。
ある時、羽矢は立浦に訊いた。
「あなた、あたしのこと何だと思ってるの?」
立浦はじっと羽矢の目を見た。
「妹だと思ってるよ」
羽矢は首を振った。
「嘘だ。妹だって思ってたら、もっと優しくするもん」
「はあ?」
立浦はやけに大きな声を出した。
「兄っていうのはいろいろあるんだよ。翔太みたいなやつもいれば、オレみたいな兄もいる」
「……そうかもしれないけど、でもあたしはあなたと血が繋がってない」
羽矢は早口でいった。こんなことをいったら、この男は何をするだろう。緊張していたが、いわずにはいられなかった。
しかし立浦は、怒らなかった。笑いもしなかった。
何もいわずに羽矢に近づき、となりに座った。
そして、思い切りキスをした。
ファーストキスだ。まさかこんな男に奪われるとは。
キスはもっとロマンチックで、ドキドキして、幸せになるものだ。しかし羽矢は毒を飲まされている気になった。
すぐに立浦は唇を離した。
口を半開きにしている羽矢の顔を見て、ふっと笑った。
「びっくりしたか」
羽矢は何もいわなかった。
立浦はにやりと笑って羽矢の顔を見た。
「いまのでもうおまえはオレのモノだ」
羽矢はぼんやりした頭で聞いた。
「残念だけど、この家から出ることは不可能だから」
羽矢は目の前がぼやけた。立浦の言葉の意味がよくわからなかった。
「おまえはもう、二度と翔太には会えねえよ」
立浦がそういった直後、羽矢は気を失った。




