初恋
男は立浦の部屋に羽矢をつれて行った。
大きくて厚いドアだ。綺麗な装飾がされている。
この屋敷で一番広い部屋だ。
立浦はこの家で大事にされているので、この部屋を使っている。
羽矢はまだ気を失ったままだ。
「つかまえてきた」
立浦に英語で話した。この男は日本語が話せない。立浦はこの男に英語を教わった。
「よくやった」
立浦は椅子に座りにやりと笑った。
「じゃあもういっていい」
立浦が手を振ると、男は頭を下げて出て行った。
本当にこの男は忠実なやつだ。
いつも立浦をいい気分にさせてくれる。
羽矢はベッドに寝かされた。
立浦は羽矢の髪を触った。
ふわふわと柔らかい。
「本当のことを知ったら、どんな顔するかな」
立浦はふふふっと一人で笑った。
翔太はもう立浦が羽矢の本当の兄だということに気づいているだろう。
もし気づいていなかったらただのバカだ。
そして、羽矢を取り返しにやってくるだろう。
かなり妹を美化している。
「誰が悪魔だよ」
立浦は翔太のいった言葉を思い出した。
「じゃあこのガキは天使か」
羽矢を見下ろしながら、立浦はいった。
羽矢が目を覚ますと、お城に置いてあるような家具がずらっと並んでいた。
「ここどこ……?」
目をこすると、すぐ近くに誰か立っていた。
背の高い男子だ。かっこいいモデルみたいだ。
「だれ……?」
羽矢が震える声でいうと、男はにやりと笑った。
「忘れちゃったか?」
「忘れる?」
わけがわからなかった。
「あたし、あなたに会ったことない」
「会ったことはなくても、血は繋がってる」
そしてゆっくりと羽矢にいった。
「おまえの兄は瀧川翔太じゃない。オレだ」
羽矢は固まった。心臓がとまりそうになった。
「……何いってるの?あたしのお兄ちゃんは」
「おまえは小さい頃、まだ赤ん坊の時に瀧川家に預けられた」
羽矢は驚いて、何もいえなくなった。
「どうして預けられたか?それは母親がおまえを産んですぐに病気に罹ったからだ」
羽矢のことなど気にせず、立浦は続ける。
「その後母親はどうなったか知らねえよ。別に家族のこといちいち気にしてないし」
そして「そういえば瀧川には入院中っていったっけ」と独り言をいった。
羽矢は何かいおうとした。しかし言葉が見つからない。
「親父はおまえを育てるのは無理だといった。オレもいたしな。そこで誰かに代わりに育ててもらうことになった。その『誰か』が瀧川翔太の母親だ」
そして立浦は指を三本、羽矢の前に差し出した。
「条件は三つ。一つ目は『羽矢が小学校に入ったら、このことをきちんと話す』二つ目は『義務教育が終わったら返す』そして、三つ目は『心も体も絶対に汚さない』。」
「……なに……いってるの……?」
羽矢は体が震えた。全く意味がわからない。
「おまえは高校生になった。だからここに帰ってきたんだ」
「あたし、そんな話聞いてない。預けられたとか、そんなこと知らない」
「おまえは瀧川翔太とは血が繋がってないんだよ」
もう一度立浦はいった。
羽矢はその場にへなへなと座り込んだ。
信じられなかった。
翔太のことが好きだったのは、本当の羽矢の初恋だったのだ。
もしこのことを知っていたら……
初恋の翔太と、結婚して子どもを作って、ずっとずっと一緒にいられた。
あの時……
ふたりで見つめ合った、あの夜のことを羽矢は思い出した。
翔太は何かいいたそうだった。
きっと翔太はあの時、羽矢に本当のことをいいたかったんだろう。
でもたぶん羽矢のことを思って、いえなかったんだろう。
そんなことないのに。
羽矢は翔太のことを愛し、翔太も羽矢のことを愛し、ふたりで仲良く暮らしていきたかった。
羽矢は泣き出した。
それを見て、立浦は鋭い口調でいった。
「うるさいガキだな。あいつ、こんなにわがままな性格にするなんて面倒なことしやがって」
羽矢は顔を両手で覆って、声を出さないようにした。
こんな人と血が繋がっているなんて……信じられなかった。
もう涙で顔はぐちゃぐちゃだ。
悪い夢であってほしいと、心の底から思った。