独り
翔太はしばらく病院で過ごすことにした。
ケガは少しずつ回復していった。痛みも和らいでいく。
脳震盪は軽いもので、わりとすぐに治ってくれた。
医師や看護婦は翔太にいろいろなことを訊いた。
「お名前は?」
「瀧川翔太です」
「何歳ですか?」
「19です」
「ご両親はどこに住んでいますか?」
翔太はこの質問には嘘をいった。
「死にました」
訊いてきた看護婦は驚いた。
看護婦は何かいおうと口を開いたが、翔太は遮った。
「いいんです。別に好きじゃなかったし」
翔太は全く気にしていないふうにいった。実際、全然気にしていない。もう二度と会いたくない。
どうして傷だらけで倒れていたかという質問には答えなかった。
まさか妹を見知らぬ男につれていかれて、ケンカをしたなんていえるわけない。
「よく覚えてないです」
脳震盪で記憶がない、と誤魔化した。
傷が完治し、翔太はマンションに帰ることになった。
本当はもっと病院にいたかった。
家に帰っても誰もいないからだ。
翔太が病院のドアを開けて外に出ようとした時に、後ろから声をかけられた。
振り返ると、あのおばさん看護婦がいた。
初めて優しくしてくれた人だ。
この人が母親だったらよかった、と翔太は何度も思った。
看護婦は翔太にメモを渡した。
メモには住所と電話番号が書いてあった。
「もし何かあったら、私にいって」
母親のような目でいった。
翔太にメモを渡し、「元気でね」と笑って、看護婦は歩いて行った。
翔太はしばらくそれを見ていたが、びりびりと破り捨てた。
いまから翔太が行く場所は悪魔のいるところだ。
この優しい人を巻き込むわけにはいかない。
独りであの悪魔と戦うのだ。
誰の力も借りないで。
「優しくしてくれて、ありがとう」
翔太は小さく呟いた。




