邪魔者
立浦が大学にいることを知って、眠れない日が続いた。
羽矢は心配した。
「お兄ちゃん、具合悪いの?」
困った顔をする羽矢を見て、翔太はなるべく明るい声でいった。
「大丈夫だよ。兄ちゃんは昔から病気なんてしたことないだろう」
そういうと、羽矢は「よかった」と安心したように笑った。
翔太は立浦が話しかけてくるのではないか、と毎日身構えていたが、そんなことは一度もなかった。
会っても目も合わせず無視するのだ。
翔太は少し安心した。でも油断は禁物だ。
この男は悪魔なのだから。
翔太は休み時間はよく図書室に行く。
勉強はいつもそこでしている。
家では羽矢の家庭教師をしなくてはいけないからだ。
いつものように図書室に行くと、立浦も図書室に来ていた。
そういえば、この悪魔と初めて会ったのも図書室だ。
翔太は緊張しながら本を探した。立浦に話しかけられないように気をつけた。
目的の本を見つけると、すぐに図書室から出ようとした。
しかし立浦に名前を呼ばれてしまった。
「瀧川もこの大学だったのか」
初めて知ったような顔でいった。
翔太は何もいえなかった。言葉が見つからなかった。
立浦はそれを見て、以前のように仮面を被った顔で笑った。
「じゃあ、これから4年間、よろしくな」
そういって立ち去ろうとした立浦に、翔太はいった。
「おまえとはもう何の関係もないっていっただろう」
情けないことに声が震えた。
立浦はしばらく黙っていたが、急に恐ろしいことをいってきた。
「そういえば瀧川って妹とケンカしてたけど、仲直りしたのか?」
翔太は動揺を隠せなかった。もちろん立浦はそれに気づいた。
「まあ、別に友人でもない人間のことなんかどうでもいいか」
そういって、すたすたと歩いて行った。
羽矢が学校に帰ってきたのは4時半だった。
まだ薄暗くなかったがその日は雨が降っていたので何となくどんよりとしていた。
「ただいま」
羽矢の声がして、翔太は玄関に行った。
「おかえり。いつもより早いな」
「うん。部活サボった」
羽矢が何の部活をしているかは知らないが、毎日楽しそうにしているので翔太は嬉しかった。
「学校で友だちができたのか」
「まだ2人だけどね。すごく優しいんだ」
「そうか。よかったな」
翔太は立浦の顔を思い浮かべながらいった。自分は悪魔のいる大学に行っているが、羽矢が幸せなら、そんなことどうでもいいのだ。
リビングに入ると、羽矢が訊いてきた。
「お腹すいた。なんか食べ物ある?」
「昨日のカレーが残ってるけど」
「えー?残り物なんて食べたくないよ。ハンバーグとかパスタとか食べたいなあ」
高校生になっても羽矢はわがままだ。
「仕方ないだろう。お金がないんだから」
翔太がそういった時、インターホンが鳴った。
羽矢は「はーい」と制服姿のまま玄関に向かった。
ドアを開ける音がしてすぐに羽矢の悲鳴が聞こえた。
翔太は急いで玄関に行った。すると、全身黒づくめの男が羽矢の腕を掴んでいた。
『知らないおじさん』だ。
「お兄ちゃん!」
羽矢は泣きながら翔太にいった。
「何してるんだ!」
翔太は男の腕に飛びかかり、菅原の時と同じように無理矢理引き離した。
しかし男はものすごく力が強く、びくともしない。
男は羽矢の体を抱えて、外に出ようとした。
翔太は男の腹を殴った。全く痛そうな顔をしない。
「待て!」
もう一度殴ろうとすると、男が翔太の顔を殴った。
翔太は壁に思い切り頭を打った。あまりの痛さに気を失いそうになった。
だが羽矢を護らなくてはいけない。翔太は立ち上がって男に向かっていった。
男は翔太の腹にもう一度攻撃した。容赦なしだ。翔太は床にどさりと倒れこんだ。
それを見て羽矢は泣き叫んだ。お兄ちゃん!お兄ちゃん!と何度も大声をあげて、男の腕の中で暴れた。しかし体は動いてくれなかった。
「お兄ちゃん!」
もう一度翔太に向かっていうと、男は羽矢の口を手で覆い、背中に軽く蹴りを入れた。羽矢は気を失った。
「やめろ……」
翔太は男の両足を掴んだ。けれどほとんど力は残っていない。
始めに頭を壁に打ったのが悪かった。翔太の意識が薄くなっていく。
羽矢を護らなければ………………
護らなく……ては……………………………
翔太の体はもうどこも動かなくなった。
意識を失った翔太の顔を蹴り、男は羽矢をつれて、立浦のようにすたすたと立ち去った。