ミス
翔太、18歳。
羽矢、15歳。
翔太と羽矢は共に受験生で、毎日忙しくしていた。
翔太はほとんど大学に行けるのは無理だと思っていた。
羽矢のこともあるし、金だって稼がなくてはいけない。
だが突然両親が大学に行くための入学金を送ってきた。
翔太は驚いたが、すぐに羽矢に頼まれたのだと気づいた。
羽矢に「ありがとう」というと、「何のこと?」と羽矢は笑いながら答えた。
とにかく、毎日受験勉強で必死だった。
翔太よりも羽矢の方が深刻だった。
初めてだし、勉強嫌いだし、志望校だってあやふやだった。
「どうしよう。お兄ちゃん。あたし、どこの高校行けばいいのかな」
青い顔で翔太にいった。
「羽矢の好きな科目はなんだ?」
羽矢にいった。もし何か好きなものや、得意なものがあれば、志望校を決められる。
しかし羽矢はさらに顔を青くし、
「……全部嫌いだし、全部苦手……」
といって諦めたように下を向いた。
「それじゃあ決めようと思っても無理じゃないか」
完全にお手上げだ。
「とりあえず志望校はおいといて、受験勉強をがんばる!」
羽矢は決意した。
翔太はひとりで勉強したが、羽矢は必ず翔太のところに「教えて」といってやってきた。
「受験はひとりで受けるんだぞ。兄ちゃんはいないんだぞ」
翔太がいっても、やはり羽矢は兄がいないと勉強はできなかった。
しかし翔太も受験生。羽矢の家庭教師をずっとやってはいられない。
「兄ちゃんも受験勉強で忙しいんだ」
そういって、断ることもあった。
羽矢は自分の部屋ではなく、リビングで勉強をした。
そうすれば翔太は勉強中の羽矢を見るので、「仕方ない、教えてやるか」と翔太が思うだろうと考えたのだ。
その作戦は見事成功した。
「う~ん……。やっぱり答えあわないなあ……」
そういって困った顔をすると、翔太はとなりにやってきて「どんな問題だ?」と聞いてきた。
「やっぱり数学は難しいなあ」
「難しくないよ。だって答えはひとつしかないんだから。どこかでミスしてなければ、絶対に答えは出る」
翔太はいった。
ある夜のことだった。
いつものようにリビングに行くと、羽矢はまた数学の問題に悩んでいた。
ノートにはいろいろな数字があちこちに書かれていて、その上に赤いバツやマルも書いてある。
「あ、お兄ちゃん」
羽矢が後ろに立っている翔太を見上げていった。
「ちょうどいいところに来た。わからない問題があるから教えて」
「またか……。少しは自分の力だけで解いてみろよ」
苦笑いしながら羽矢のとなりに座った。
その時、急に胸がどきどきとした。
体が熱くなった。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
羽矢が訊いてきたが、答えられない。
不思議そうに見ていた羽矢も、なぜか翔太に伝染したように顔が熱くなった。
胸がどきどきとしている。
翔太に目も心も奪われたあの時と同じだ。
なんだろう………
この気持ちは………………………
緊張している。
胸の中にある言葉が口から飛び出そうとしている。
いいたいけれど、いえない言葉だ。
翔太と羽矢の体温が一気に上がり、胸の鼓動もスピードアップしていく。
まずい、と翔太と羽矢は思った。
これ以上ここにいたら……、何かまずいことになる。
「……お兄ちゃん……」
羽矢は翔太の顔をじっと見つめながらいった。
翔太も羽矢の顔を見た。羽矢の大きな目がきらきらと輝いている。
しばらくの間、ふたりは見つめあった。
「お兄ちゃん……あの……」
羽矢がもう一度いうと、思い切り翔太が立ち上がり、早口でいった。少しきつい言い方になってしまった。
「悪いけど兄ちゃんも勉強で忙しいんだ。いつも羽矢のことばかり考えていられないんだ。自分でがんばってみろ」
そういって、逃げるように自分の部屋に行った。
部屋に入ると、翔太はドアにもたれかかった。
そして大きくて長いため息をついて、右手で目を覆った。
もう無理かもしれない。
隠し通せない。
血の繋がりのこともそうだが、羽矢を妹ではなくて「一人の女の子」として好きだということもだ。
羽矢と二人暮らしをする時に、母はやけに厳しく翔太に怒鳴っていた。
『何か大変な目に遭ったら、翔太のこと一生許さないわよ!』
翔太はあの時、羽矢が他の誰かにつれていかれたり、おかしなことをされたりしないように護れ、と思っていた。
だが母は翔太のこともいっていたのだ。
翔太が、大人になり美しくなった羽矢におかしなことをしたら……ということも考えていたのだ。
だから毎日毎日、翔太のことを怒鳴っていたのだ。
翔太は大きなミスをした、と昔の自分を責めた。
大人になったら、翔太は男になって、羽矢は女になる。
他人には兄妹に見えても、実際は血の繋がらない男女の二人暮らし。
これからも羽矢はどんどん美しくなり、魅力的になっていくだろう。
そろそろ離れたほうがいいかもしれない。
そうしないと翔太は羽矢の心を傷つける。
いままで以上に大きな傷だ。
そんなことになったら、いままで自分が羽矢のためにやってきたことが全て水の泡になる。
「早く羽矢に恋人ができればいいのに」
小さく呟いた。




