護る者
翔太はドアの前に立っていた。
羽矢になんてことをいってしまったのか。
もう羽矢は戻ってこないかもしれない。
完全に関係が切れてしまったかもしれない。
羽矢を傷つけないやつは絶対に許さないといっておいて、自分が一番羽矢を傷つけている。
翔太が部屋に入ろうとした時に、どこかから「助けて!」という声がした。
羽矢の声だった。
翔太はマンションの階段を駆け下りて、大声で呼んだ。
「羽矢!どこだ!」
次第に声が近くなっていき、暗い小道から羽矢が泣きながらやってきた。
「お兄ちゃん!」
飛び込むように翔太に抱きついた。
羽矢は声をあげて泣いた。翔太の着ていた服がびしょびしょに濡れた。
そして、顔を上げると大声でいった。
「お兄ちゃん、またいたの!あいつ!」
「えっ……?」
すぐにはわからなかった。
「『知らないおじさん』!」
羽矢の言葉で、はっと思い出した。
4年前、まだ10歳の羽矢を見ていた黒づくめの男だ。
翔太が迎えに行くようになってから、一度も姿を見せなかった。
「またいたって……」
「つかまえられそうになった!」
翔太はどきりとした。
まさかまだあの男が羽矢につきまとっているなんて。
しかも、羽矢のことをつかまえようとした………。
翔太が呆然としていると、
「お兄ちゃん……ごめんね。あたし、ずっとわがままいって。何もしゃべらなくて」
羽矢が泣きながら謝った。
「……本当に、こんな……」
羽矢が涙で言葉に詰まった。
翔太はぎゅっと羽矢を抱きしめた。
「兄ちゃん、ひどいこといって、ごめんな」
羽矢は頷いた。
「羽矢のこと、一番よくわかってるのは兄ちゃんなのに」
羽矢はまた頷いた。
「もうどこにも行くなよ。ずっと兄ちゃんから離れるな」
「うん」
今度は声に出して、何度も何度も頷いた。
また現れた、あの男……。
絶対に羽矢を護らなくては。
もう一度、翔太は決意した。
羽矢を護れるのは、やはり自分なのだ………。
リビングで、どうして家に帰る時間が遅くなった理由を聞いた。
「また子ども扱いされるのが嫌だったんだ。羽矢は本当に子どもだなっていわれるのが嫌だった。あたし……早く大人になりたい」
「なんで大人になりたいんだ」
翔太が訊くと、羽矢は「だから、あたしはお兄ちゃんがいないと何もできないから」といった。
翔太は羽矢の頭を撫でながら、優しくいった。
「兄ちゃんはいつも羽矢のそばにいるぞ。羽矢をひとりぼっちになんかしないから、心配するな」
羽矢の目から涙が溢れた。
「いままでだって、ずっと一緒にいただろう。だから、あせらないでゆっくり大人になれ」
そういいながら、翔太の心にぽっかりと穴が開いた。
いま羽矢を護る者は自分。
しかし大人になったら羽矢を護る者は別の人間になる。
いつまでも羽矢の護り役はできないのだ。
ずっとずっと、一緒にいることなんて無理だ。
大人にならないでほしい。
このまま、ずっと子どものままでいれば、羽矢と一緒にいられるのだから。




