秘密
羽矢。
たった一人の妹。
絶対に手放してはいけない宝物。
羽矢が後ろからついてくると幸せな気分になった。
羽矢の笑顔を見ると、幸せな気分になった。
羽矢を護るために、自分はここにいるんだ、と思っていた。
羽矢がいてくれたから、自分は生きてこれた。
昔から翔太と羽矢は『素晴らしい兄妹』といわれた。
翔太はその意味がよくわからなかった。
以前、母に訊いてみたことがある。
すると母はすぐに答えた。
「翔太が羽矢を大切に護っているからよ」
何いってるの?と翔太はいった。
兄は妹を護る。
そんなの、当たり前じゃないか。
けれど、羽矢と翔太は血の繋がりがない。
兄じゃなかったのだ。
翔太は一人っ子。妹なんていない。
そして羽矢は誰かの子ども。
翔太の知らない……家の子ども。
もしかしたら羽矢も一人っ子かもしれない。
妹や弟がいる姉かもしれない。
とにかく、わからないことだらけだ。
こんなこと、絶対に羽矢にいってはいけない。
羽矢を傷つけたくない。
たとえ血が繋がっていなくても、自分は羽矢の兄だ。
翔太は、昨夜の母の言葉を思い出した。
もう羽矢も8歳なんだから、本当のこといいましょうよ………。
本当のことを知ってしまったら、羽矢はどうなってしまうのか。
羽矢の居場所はどこになるのか。
もしかしたら、自分の前から消えてしまうかもしれない。
もう二度と会えなくなってしまうかもしれない。
「お兄ちゃん!早くご飯食べないと、冷めちゃうよ!」
羽矢が翔太に向かっていった。
「ああ……、ごめん。ちょっとぼうっとしてた」
「お兄ちゃん、朝から変だよ。トイレの中で寝てたりして。どうしたの?」
「何でもないよ」
羽矢と目を合わせないようにいった。
「学校遅れちゃうわよ」
母も翔太にいった。翔太は聞こえないふりをして無視した。
母があんなこといわなければ、自分たちはずっとずっと兄妹として生きていけた。
聞いてしまった自分も悪い。
でも、だったらどうしてもっと早くいってくれなかったんだ。
自分は、何も知らない。
知らないのだから、誰かに話すこともない。
秘密にしておけばいい。
胸の奥にしまっておけばいい。
そうすれば何も問題はない。
「羽矢、兄ちゃんはずっとお前の側にいるからな」
羽矢にいった。誓いの言葉だ。
羽矢は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「兄妹だもんね」