嘘つき
結局その夜、羽矢は一度も部屋から出てこなかった。
物音もしない。
翔太は気になったが、そのまま寝ることにした。
朝になっても羽矢は出てこない。
このままでは学校に遅れてしまう。
「いつまで寝てんだ。遅刻するぞ」
ドア越しに声をかけてみた。
けれど返事がこない。
「どうしたんだよ、おまえ、昨日の夜からおかしいぞ」
しかし、何もいってこない。
翔太はドアを開けた。
頭から布団を被って、動かない羽矢がいた。
「何やってるんだ」
翔太が話しかけても、やはり返事をしない。
「仕方ねえなあ」
そういって、翔太は思い切り布団を剥がした。
羽矢の驚いた顔がそこにあった。
「ちょ……ちょっと何するの!」
「もう朝だっていってるだろ」
「勝手に部屋に入って来ないで!」
「だっておまえが何もいわないから」
「早く出てって!」
大声で叫んだ。本当にどうしたんだろうか。
羽矢はまた布団の中に潜り込んだ。
子どもだなあ、と思いながら、ひとつだけいっておいた。
「学校休んだらだめだからな。ちゃんと行くんだぞ」
そして部屋から出て行った。
朝ご飯の弁当を食べながら、翔太はまた思った。
このままずっと一緒にいられるだろうか。
羽矢はいま14歳。来年は15歳。再来年は高校生になる。
自分は来年18歳。再来年19歳。
どんどん大人になっていく。
羽矢も、自分も。
誰かと恋人同士になり、結婚し、子どもを作って……。
ふるふると首を横に振った。
羽矢が他の男性と一緒にいるところなんて見たくない。
自分のものにしたい。
兄妹だといっているだけで、実際には兄妹じゃない。血が繋がっていない。
結婚できるし、子どもだって作れる。
しかし、羽矢は翔太のことを本当の兄だと思っている。
彼女を傷つけたくない。
これからもずっと、嘘をついていかなくてはいけない。
こんなにすぐ近くにいるのに、手に入れることができないなんて………。
もし兄妹として出会っていなかったら、羽矢は完全に自分のものになったのに。
重い足で玄関に向かった。
学校に行くと、さっそくあの男がやってきた。
立浦興だ。
「おはよ、瀧川」
まだ1回しか会っていないのに、親しげに話しかけてきた。
クラスも違うのに、わざわざ翔太に会いにきたのだ。
中学生の時も、菅原に話しかけられた。
菅原は太陽のような笑顔だったが、立浦からはそんなものは全く感じられない。
「なんかさあ、瀧川ってちょっと暗いよな」
むっとした。でも何もいわない。
失礼なやつだ。全く悪気がないという顔をしている。
「何か病気でも持ってんの?」
「持ってないよ」
「じゃあもっと明るくしろよ。女の子にモテるぞ」
うるさいな、と思いながら適当に答えた。朝から嫌なことばかりだ。
「オレは別に女の子に興味ない」
「ふうん。なんで」
「どうでもいいだろ」
「オレ、けっこうおまえかっこいいなあって思うんだけど。ちょっとそこらへんの可愛い女の子口説いてみろよ。女の子と一緒にいるの楽しいぞ」
「オレは楽しくない」
「へえ……もったいねえなあ」
どこかに行ってくれ、と翔太は思った。
すると、立浦が話題を変えた。
「女の子って、すごく繊細なんだよな」
「え?」
「で、オレたち男は単純にできてる」
「それがどうしたんだ」
「うん。だから、女の子はすぐに男の嘘に気がついちゃうんだよな。どんなにうまくごまかしても、簡単に見抜いちゃうんだ。怖いよな」
翔太はぎくりとした。
いま自分は羽矢に嘘をついている。本当の兄だといっている。
羽矢がいきなりおかしくなったのは、嘘がばれたからか………?
「………そうだな」
動揺を気づかれないように気をつけて答えた。
立浦興はじっと翔太を見た。
心の中も見ようとしている目だ。
「おまえも、女の子と付き合うときは気をつけろよ」
そういって、立浦はすたすたと歩いて行った。
翔太はしばらく動けずにいた。