悪魔
翔太がいつものように教室に行くと、何人かの女子たちが集まって何か話しをしていた。
集まりの中にいた一人の女子が泣いていた。その周りで数人の女子が彼女をなぐさめたり、悔しそうな顔をしたりしている。
特に気にせず、自分の席に着いた。
鞄からノートやファイルなどを取り出していると、突然後ろから声をかけられた。同じクラスの男子だった。でも名前はよく覚えてない。影が薄いからだ。
「あのさ、立浦興ってやつ、知ってるか?」
ひそひそ声で訊いてきた。
『タテウラキョウ』
初めて聞いた名前だ。
「知らないよ」
そう答えると、「じゃあ、教えてやるよ」といってきた。
別に教えてくれなんて頼んでないんだけど。
心の中で思った。
「立浦興ってつい先週ここに転入してきた男で、すごい問題児みたいなんだ」
「問題児?」
「そう。すごい女好きで、ここに来てもう2人も被害者が出てる」
先ほど泣いていた女子を思い出しながら「ふうん」と適当に答えた。
「可愛い女の子にすぐにナンパして、たっくさんの女子と付き合って、いらなくなったらすぐにポイっと捨てちゃって、あとはもう赤の他人なんだって」
「へえ」
確かに問題児だ。
「おまえも気をつけろよ」
そういって、その男はさっさと立ち去った。
オレは女の子じゃないんだけど。
また心の中で思った。
昼休み、翔太が図書室で本を探していると、誰かの視線を感じた。
振り返ってみると、一人の男子が椅子に座ってこちらをじっと見ていた。
すぐに立浦興だとわかった。
痩せていて、足が長く、スタイルがいい。
女の子に好かれそうなタイプだ。
目が合うと立浦はゆっくりと立ち上がり、近づいてきた。
「ちょっといいか」
これまた女の子に好かれそうな声だ。
掠れたような声。ハスキーボイスというものだ。
男の翔太がこう思うのだから、女の子が一発で落ちてしまうのもわかる。
「なんだよ」
「おまえ、名前なんていうんだ」
「名前?」
「そうだ」
「………瀧川翔太だけど」
翔太が答えると、立浦興はこくりと小さく頷いた。
「なんだよ」
もう一度翔太が訊くと、立浦は何もいわずにさっと後ろを振り返り、すたすたと歩いて行った。
なんだ?あいつ…………
翔太はわけがわからなかった。