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大人と子ども

やはり『お金』という言葉は、かなり重かったらしい。

羽矢は俯きながらアルバイト活動を受け入れてくれた。

「お兄ちゃんに嫌われたくないから」

そういって、ため息をついた。

「兄ちゃん、がんばって働くからな」

翔太は羽矢の肩を抱いて、強くいった。



働くといってもいろいろなところがあり、翔太は迷った。

高校から近く、なるべく早く自宅に帰れる場所。

翔太のアルバイト先は、高校に行く時に通るコンビニになった。

場所が悪く客がなかなか入って来ない。

けれどここしか働ける場所はない。


塵も積もれば山となる。


翔太は必死に働いた。

学校にいる時も、働いている間も、羽矢のことで頭がいっぱいだった。


翔太が家に帰って来る時間はだいたい8時半頃。

羽矢が学校から帰って来る時間は4時頃。

羽矢は誰もいない広い部屋で、4時間半も一人でいるのだ。

翔太は胸がずきずきとした。

アルバイトなんかしなきゃよかった。

けれどお金がなかったら生きていけない。

羽矢がかわいそうで毎日暗い気持ちだった。


ただいま、といって部屋に入ると、羽矢は机の上に突っ伏して寝ていた。

「ごめんな。いつも帰るの遅くて」

そっと話しかける。その時に、羽矢の頬に涙の跡が見えた。

翔太の胸の痛みが増した。

やっぱりアルバイトなんかしなきゃよかった。

アルバイトなんてしたくない。

ずっと羽矢のそばにいたい。

羽矢がゆっくりと顔を上げた。

「あれ……?」

目をこすりながら、翔太を見上げる。

「あ、お兄ちゃん。おかえり」

「羽矢、一緒にいられなくて本当にごめん」

「いいよ、もう。気にしないで」

羽矢が笑った。翔太はさらに傷ついた。

「そうだ。羽矢はもう夜ご飯食べたのか?」

「食べてないよ。お腹すいた」

何も食べず、一人きりで泣いていた羽矢の姿が浮かんだ。

胸が張り裂けそうだ。

「これ、余ったお弁当もらってきた」

ビニール袋を机の上に置くと、羽矢は目を輝かせた。

「やった!ありがとう、お兄ちゃん」

「こんなもの食ってたら体に悪いな」

「仕方ないよ。あたし、まだ料理できないんだから」

「早く作れるようにしてくれよ」

しかし作ろうとしても材料を買うお金がない。翔太はまたぐったりとした。


そんな日々が続いたある夜。

「ねえ、お兄ちゃん」

羽矢がじっと翔太の顔を見つめてきた。

何となく嫌な感じがやってきそうな感じだ。

「なんだよ」

「あのね、お兄ちゃん、いっつも働いてばっかりで疲れてるでしょ?」

「いや、そんなことないよ」

羽矢を心配させたくないので、絶対に弱音を吐かないように気をつけている。

「このままお兄ちゃんばっかり働いてたら、あたし、すっごくつらい。だからあたしもアルバイトしたい」

翔太は驚いた。

「何いってるんだ」

中学生はまだ働いてはいけない。学校で禁止されている。

それに羽矢が働いているところなんて見たくない。羽矢の疲れた顔を見たくない。

「だめだ。働くのは兄ちゃんだけでいい」

「でもお兄ちゃんが無理してるところ見るの、もういやだ」

「無理してないから」

「無理してる。あたしにはわかる」

羽矢の目がうるうるとしている。

「でもやっちゃいけない。中学生は働いちゃだめなんだ」

「またお兄ちゃんはあたしのこと子ども扱いする」

「え?」

羽矢の話し方が少し冷たくなった。

「お兄ちゃんはあたしのこと、どう思ってるの?」

「どうって?」

「よくお兄ちゃんはもう中学生なんだからしっかりしろっていうでしょ。でも、いまアルバイトしたいっていったらまだ中学生なんだからっていった。お兄ちゃんはあたしのこと子どもだと思ってるの?大人だと思ってるの?」

翔太は驚いた。

そんなことを考えていたのか。


羽矢のいうとおり、翔太は羽矢のことをもう中学生なんだから、といっている。

けれど、まだ中学生なんだから、という時もある。

気がつかなかった。


自分は羽矢のことをどう思っているのか。


「お兄ちゃん」

羽矢がもう一度訊いてきた。

翔太は答えが見つからず、あせった。

本当はもっと大人にならないといけない。いつまでもわがままなお兄ちゃん子でいるわけにはいかない。

けれどそういってしまったら「じゃあ働いてもいいじゃない」とかいってきそうだ。

「まだ子どもだなって思ってるよ」

とりあえずこういっておけば大丈夫だ。

「子ども………」

羽矢は小さくいった。

残念そうな顔をしている。

「まだまだ子どもだよ。もう中学生っていってるけど、やっぱり兄ちゃんがそばにいてやらないとな」

そういうと、羽矢は諦めたような顔になった。

「……そうだね。あたし、お兄ちゃんがいないと何にもできないもんね。そうだった」

「そうだよ。だからアルバイトなんかしちゃだめだ」

もう一度いった。これで、もう何もいってこないだろう。



羽矢は頭の上から何か重いものが降ってきたような気持ちになった。


あたしはまだ子ども………。

お兄ちゃんは、あたしのことを大人だと思っていない………………。

はっきりいって、ショックだった。

いつもお兄ちゃんがいないと何もできないといっているが、実はもうお兄ちゃんがいなくても充分生きていけると羽矢は思っている。


早く大人になりたい。

子どもだと思われたくない。


だけどいきなり大人にはなれない。

あとどれくらい経てば、兄は自分のことを大人だと認めてくれるのか。

羽矢は長いため息をついた。







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