天国と地獄
翔太と羽矢が二人暮らしをする、という話を聞いて、両親は猛反対した。
もちろん怒られたのは翔太だけ。羽矢は怒られない。
瀧川家の者たちは、羽矢のことを傷つけてはいけない。
羽矢は違う家の子どもだからだ。
毎日毎日翔太は両親に怒鳴られた。
まだ羽矢は中学生なんだ!何を考えているんだ!
何度も同じことをいわれて、うんざりした。
やはり羽矢と二人暮らしは無理かな……と思い始めた時、突然羽矢が泣き出した。
「お兄ちゃんのこと、もう怒らないで!二人で暮らしたいっていったの、あたしなのよ!お兄ちゃんは悪くない!」
するといきなり両親は大人しくなった。
「ごめんな、羽矢。もう泣くな。もうお兄ちゃんのこと怒らないから」
まだ12歳の女の子におろおろしているのが自分の父親なのかと思うと、ものすごく気分が悪くなった。
翔太と羽矢の二人暮らしは、何とか許可された。
父も母も暗い顔をしていた。
確かに中学一年生の女の子が高校一年生の男子と二人暮らしなんて危険すぎる。
朝から晩まで、翔太は同じことをくり返し聞かされた。
「絶対羽矢のことを護るのよ!絶対だからね!あの子が危ない目に遭わないように毎日見張ってなさいよ!何か大変な目に遭ったら、翔太のこと一生許さないわよ!」
何回いえば気が済むんだ、と思うほどしつこい。
そんなこと、小さい時からわかっている。
自分は羽矢を護るためだけに生まれたような存在なのだから。
「大丈夫だよ。いままでずっと一緒にいて、何もなかっただろ。ちゃんと護れるよ」
「本当に気をつけなさいよ!死んでもあの子を護りなさい!」
違う家の子どもだからな、と翔太は心の中で思った。
そして、翔太と羽矢は借りたマンションにやって来た。
「わああ!すごーい!」
目をキラキラさせて羽矢がいった。翔太も嬉しかった。
「じゃあ兄ちゃんがこっちの部屋使うから、羽矢はそっちの広い部屋使え」
翔太がいうと、羽矢が申し訳なさそうな顔をした。
「いいよ。お兄ちゃんが広い方使いなよ。荷物多いんだし」
「だけど、広い方がいいだろ?」
そういわれて、少し黙り、うん、と素直に頷いた。
「いいの?ホントに」
「いいよ。兄妹なんだから、遠慮するな」
時々、羽矢のことを妹ではなく、知らない女の子だと思ってしまう時がある。
その時はわざと『兄妹』といって、自分は本当の兄なのだ、といい聞かせている。
「あああ!それにしても、お兄ちゃんと本当に二人暮らしできるなんて、嬉しいよ」
羽矢がうっとりするようにいって、翔太を見た。
「勉強、教えてね」
「わかってるよ。でも、昔みたいに全部はやってあげないからな」
「えー?あたしそんなことしたっけ?」
「したよ。全部簡単だったじゃないか。まんまとだまされちゃったよ」
羽矢は「じゃあ、まただましちゃおう」とにっこりと笑った。
その顔を見て、翔太は余計にいいづらくなった。
ここに来るまで、ずっと考えていたことだ。
いおうかどうしようか迷っていた。
けれどきちんと本当のことを教えなくてはいけない。
「羽矢、ちょっと話がある」
「なあに?」
「あのな、兄ちゃん、高校に入学したらアルバイトするから」
羽矢の笑みが一瞬で消えた。
「アルバイト……?」
「そう。だから帰る時間遅くなると思う」
「待って……待ってよ!なにそれ!」
羽矢が目を大きく見開いた。信じられない、という目だ。
「ごめんな。でも働かなきゃお金もらえないだろ」
「いやだ。それじゃああたしがここに来たの、全然意味ないじゃない」
羽矢がまたわがままっ子の顔になってきた。
「お兄ちゃんがアルバイトしたら、家に帰ってもひとりぼっちになっちゃう」
「なるべく早く帰ってくるよ」
「やだよ。一緒にいたい」
「もしお金がなくなったらどうするんだ。ご飯食べられなくなるぞ」
「じゃあお父さんに送ってもらえばいい」
その言葉に、翔太は一瞬気持ちが揺らいだ。確かにそうしてもらえると助かる。でも働くということも知っておかなくてはいけない。
「なあ、いうこと聞いてくれ。頼むから」
翔太がもう一度いうと、羽矢はきっと睨んできた。
「あたしのこと護るとかいって、ほったらかしにするんだ」
「そんなこといってない」
「じゃあ一緒にいてよ」
翔太はため息をついた。本当に甘やかしすぎた。
「お金がなかったら生きていけないんだぞ。もう子どもじゃないんだから、しっかりしてくれよ」
そして羽矢の返事を聞く前に、新しい自分の部屋に入った。