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羽矢は勉強が苦手だ。

苦手というか、嫌いだ。

特に嫌いなのは数学。

だからすぐに答えを解いてしまう翔太のことを尊敬していた。


さらに中学生になってから、サッカーまでやるようになった。

運動もできるんだ………。

羽矢の尊敬度はさらに増えていった。


お兄ちゃんって、何でもできるんだなあ………。


翔太は自慢の兄だ。

羽矢は嬉しかった。


けれどその翔太が突然サッカー部をやめる、といい出した。

あんなに楽しそうにしてたのに。

どうしてやめちゃうの…………?

羽矢は悲しかった。


羽矢はサッカー部をやめてしまった理由について考えてみた。

勉強が難しくて宿題をする時間が減ってしまったからか。

それともサッカー部で嫌なことがあったからか。

いろいろと考えてみて、羽矢が見つけた退部の理由は

『サッカー部のみんなにいじめられたから』。


あの名前の知らない男子が、お兄ちゃんのことをいじめるためにサッカー部に入れたんだ。

そして運動ができないお兄ちゃんのことをバカにした。

毎日毎日、みんなでお兄ちゃんにひどいことをして喜んでたんだ。

でもお兄ちゃんはあたしとお母さんに何もいえずに我慢して、楽しそうにしてたんだろう。

そして、もうどうしても耐えられなくなって、やめたんだ。

きっとそうだ。

そうに違いない。

かわいそうなお兄ちゃん………。


ひどい。

お兄ちゃんは何もしてないのに。


羽矢は悔しくてたまらなかった。

翔太がいじめられている姿を想像するたびに、羽矢の怒りは増していった。


許さない。

大好きなお兄ちゃんのことを傷つける人たちは、大嫌いだ。

絶対に仕返ししてやる。


羽矢はひとり、心の中で決意した。


しかしそれは実行できなくなってしまった。

羽矢が中学に入学したら、そのサッカー部のみんなは高校生になってしまうのだ。

羽矢は愕然とした。悔しさはさらに大きくなっていく。

それだけじゃない。また翔太と一緒に学校生活ができないのだ。

受験というものがあって、中学のように簡単に入学できない。

翔太はきっと頭のいい学校を志望するはずだ。

けれど羽矢は翔太のような頭は持っていない。

大嫌いな勉強を、必死にがんばらなくてはいけない。

もちろん、そんなことしたくない…………。


しかも母がこんなことを翔太にいった。

「高校生になったら、一人暮らししてみたら?」

一人暮らし!?

羽矢の体の中が一気に熱くなった。

そしてわなわなと震える。

「だめだよ!お兄ちゃんが一人暮らしするなんて、絶対にだめだ!」

羽矢は大声で叫んだ。

「でも高校生になって一人暮らしする人たちは多いのよ」

母の穏やかな答えに、さらに羽矢は大声を出す。

「だめだだめだ!他の人はいいけど、お兄ちゃんは一人暮らししちゃだめだ!絶対そんなことさせない!」

顔を真っ赤にして母に怒鳴る。

「ちょっと、落ち着けよ、羽矢。まだ一人暮らしするって決まってないんだから」

翔太がいうと、羽矢は大きく頭を横に振った。

「いやだ!あたし、お兄ちゃんがいなくなるなんていやだ!絶対いやだ!」

「だから、まだ決まってないんだから」

「離れ離れになるなんていやだよ!」

「もし一人暮らししても、ちゃんと休みの日には帰ってくるから」

「それでもいやだ!」

「羽矢、もう中学生になるんだから、いつまでもお兄ちゃんに甘えてちゃだめよ」

母がいうと、羽矢は思いきり睨んだ。

「一人暮らしなんて、絶対にだめだからね!あたし、絶対いやだからね!」

捨て台詞を吐いて、自分の部屋に向かって走っていった。


一人暮らしなんて絶対にだめだ!

そんなの絶対に許さない!

家に帰ってもお兄ちゃんがいないなんて!

お兄ちゃんがいなかったら、あたしは何もできないんだから!


それに………………………………

お兄ちゃんがあたしじゃなくて、誰か他の人と仲良くなったらどうしよう。

お兄ちゃんはあたしだけのもの。

絶対に誰にもあげたくない。

お兄ちゃんのことが好き。

ずっとずっと一緒にいたい。


悔しくて涙が出てきた。

ベッドの中に潜り込んで、ずっと泣き続けた。



しかし羽矢の言葉は完全に無視され、翔太のアパート探しが始まった。

羽矢は母と一言も口を聞かず、部屋の中に引きこもっていた。学校にも行かない。

翔太が話しかけても聞こえないふりをして、目も合わせない。

けれど両親も翔太も羽矢のことを怒らなかった。


本当に、いつまで経っても子どもなんだから………。


そういって、誰も羽矢のことを気にしなかった。


翔太が一人暮らしするマンションが見つかって、両親は嬉しそうにしていた。

息子がしっかりと一人前になるように応援してくれた。

けれど翔太はあまり嬉しくなかった。


一人でも大丈夫かな………。

自分がいなくなってしまったら、羽矢はどうなってしまうのか………。


自分が一人でもやっていけるかではなく、羽矢のことが心配だった。

大声で必死に叫んでいた羽矢の顔を思い出すたびに、翔太の胸の中が苦しくなる。



翔太が一人暮らしをするために、部屋で物を片している時だった。

突然、羽矢が部屋の中に入ってきた。

泣きそうな顔をしている。

「お兄ちゃん。ホントに出て行くの……?」

小さな声でいった。諦めたような声だ。

翔太は少し間をおいてから、答えた。

「仕方ないよ。もう部屋も決まっちゃったんだ。本当は兄ちゃんも出て行きたくないよ。羽矢と一緒にいたい」

すると羽矢はその場に座り込んだ。

「お兄ちゃん……」

じっと翔太の顔を見た。翔太はまたどきりとした。

「あのね、あたし考えたんだけど」

「なに?」

まさか、と思った。

「あたしも、一緒に住んでもいい?」

「え!?」

「お兄ちゃんと二人暮らしする。そうすれば、ずっと一緒にいられる。ねえ、いいでしょ?お願い!あたしも一緒につれてって!」

かなりあせっている。

もうこれしかない!という目で見つめている。

翔太もあせった。


まだ中学生の女の子が、兄と二人暮らし…………。

そんなことしてもいいのだろうか……………………。


翔太も羽矢と一緒にいたい。

というか、羽矢を護るのは自分だけなのだから。

すぐそばにいないといけない。


「……………いいよ」

思わず口から出てしまった。

羽矢の顔がぱっと明るくなった。夜がいきなり昼になった感じだ。周りに花が飛んでいる。

「いいの!?いいのね!?やったあああああ!!」

座っていた羽矢が飛び上がった。目がキラキラと輝いて、宝石のようだ。

その姿を見て、翔太ははあ、とため息をついた。


本当に、自分は羽矢に甘い。


けれど翔太もほっとした。

またこのわがままっ子に振り回されるのか……と思いながら、片づけを再開した。


































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